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O君という貧しい人を知っていた

2011年06月14日 05:57

O君という貧しい人を知っていた

段ボール箱ほどの広さのアパートの一室で
6枚切りの食パン1斤を3日分の食糧にして
何を目指しているのだか知らないが
働く気配もなく
部屋を訪ねると決まって壁を眺めている人だった
ときどき2人で酒をのみに行った
―O君さあ 最近なに食べた
―パンの上にバッタのっけて食べた
―いまの時季バッタなんていないよ
―なんだかよくわかんないけど部屋にいたから とって なまで
―O君さあ
―うん
―もうすぐ死ぬんじゃないの
―うん

O君の目線は定まらない
脳に栄養がいっていないのだ多分
居酒屋の壁際に活けてある花をつまんで食べている
ふつうのものを食べると下痢をしてしまうのだという
O君は人でなくなっているのだろう
居酒屋の会計を支払って
外で待っていたO君に釣銭を握らせようとすると
既に掌中には蛾の死骸が握りこまれていた
―O君どうするのそれ 食べるの
―蛾って埃のあじがしそうだよな
―O君
―夜になると天井の隅から俺を捕まえに手が伸びてくる
―もうすぐ死ぬんじゃない
―手が伸びてくるんだ

そんなO君が募金箱に
全財産だという2000円を入れてますます貧しくなった
8枚切りの食パン1斤で4日を生きねばならなくなったと笑う
O君の笑顔は醜い
痩せすぎで切り傷みたいに深い皺が寄っている
―O君なんで募金なんかしたの 誰か助けられると思ったのたった2000円で
―いやなんか もういいかなって
―O君 最近なに食べた
―壁を引っ掻いたら少し剥がれたからそれ食べた
―どんなあじがしたの
―腹んなかに花が咲いてる気がするときあるよ 土とか虫とか壁とか食ってるから俺
O君の話はときどき飛び飛びになる
見ているのはもはや対面のわたしではなくわたしの左横あたりで
そこにはわたしではない
O君にしか見えない
O君だけのやさしい
ともだちが立っているのかもしれない
―だんだんねむくなってくる
―うん
―もうさ 気づいたら寝てんの 前のめって おでこ床につけて 五体投地ってあるだろ あの体勢になってさ
―O君
―体も軽くて
―O君
―飛べるかもしれないと思うよ 今なら

それがO君と会った最後の夜だった
いつものように支払いを終えて店を出ると
待っているはずのO君はそこに居なかった
横断歩道の青信号が点滅していた
ふと夜空を見上げたのは
飛べるかもしれないと言ったO君が
まだ見えるところに漂っているかもしれない
と思ったからだ
暫く眼を凝らして諦めた
きっとO君は前のめったまま
その頃には既に大気圏を超えてしまっていたんだ

O君に渡そうと思っていた釣りの5000円札は
適当に入ったコンビニの募金箱へ入れた
音もなく落ちてあっけなく余白を埋めた樋口一葉の顔は
深い皺が寄っていて
笑ったO君の顔に似ていた
信号は赤に変わっていて
涙もでなかった




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