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蛤の蜃気楼を見たときの話

2008年12月11日 09:02

スーパーで蛤が安かったので
一つ買ってみた
掌に載せて握ると
少し濡れていて
磯のにおいがする
撫ぜまわしてみると
犬の鼻に似て案外つめたい
蛤は蜃気楼を吐くらしいが本当だろうか
時計の針が ぢっ と動く
夕暮れの気配が
台所じゅうに漂って
いい匂いがする
まばたきをすると


いつしかわたしは
ボストン・バッグを膝に載せて
夜行列車の車内にきちんと座っていた
健康サンダルを履いて
エプロンをつけたままだ
たたんたたん
と揺れる車内は薄暗くて
見上げると
天井の灯りに一匹の蛾が
遊ぶようにまとわりついていた


窓に額をつけてみる
真っ暗で何も見えない
ただ四方から
水を掻くような音がする


車内には他に誰も乗っていなかった
そのうち天井に舞っていた蛾が
ぱたりと足もとに落ちてきた
拾い上げると
それは本物そっくりの
ぜんまい仕掛けのおもちゃである
ブリキで出来ているみたいだ
掌でもてあそんでいると
しゅっ
と燃えるような音を立てて消えた


列車が大きく横に揺れたとき
膝に乗っていたバッグが
足もとへ落ちた
そのはずみでぱちんと留め金が開く
バッグからは服飾釦が
かろんとひとつ転がり出てきて

それだけしか入っていないみたいだ
なんだか
核心を突かれたようにぎくっとした


先ほどから列車は
斜め下を向いていて
窓外には
銀色のものがちらつき始めた
なんだか
海底を目指しているような気がするのだが
それは困るのだ
まないたの上に豆腐を
切りっぱなしで置いてきてしまったし
ガスの元栓も閉めずに来てしまった気がする


そのうち急に列車が停まった
ぷしゅうとドアが開く
開いた先は闇である
どうしよう
降りなければならないのだろうか
ふるえながら
瞬きをすると


突如としてわたしは台所にいた
背後のまないたには
豆腐がまだ瑞々しいまま載っていて
時計を見ると五分も経っていない
掌を開くと
すっかり口を開いた蛤がそこにあった
ずいぶん遠くまで行って帰ってきたように
ぐったりと疲れている
エプロンのポケットに手を突っ込むと
あのとき拾ったものだろうか
プラスティックの服飾釦が
爪に当たってかろんと云った


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コメント

  1. | URL | bn29uQKw

    お邪魔します。
    蛤が見せたかったのは何だったのでしょうか?
    単純に自分が料理に使われることに対しての恨みだとかにも思えず、「核心を突かれたようにぎくっとした」とあるので気になってます。

    最初に群青さんの詩を読んだときに「え?」という驚きと、読み終えたあとのなんと言いますか…「お得感」でいっぱいになったのは今でも鮮明に覚えています。
    些細な日常の風景と、昭和風のノスタルジックな雰囲気にちょっとした物語が詰まっていて。
    小説をそのまま縮小して、さらにお話にスッと素直に入り込めるので、お得感を感じたのかもしれませんね。
    読んでいて群青さんの人間性や価値観などが分かるのも素敵だなと思いました。
    またこっそり読ませて頂きますね。

    リンクして頂いているようですが、こちらからもリンクしてもよろしいですか?

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