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じゅぎょうのじかん

2008年12月05日 05:37



算数の時間
たろうくんは時速5キロメートルで
3キロはなれた隣町まで
りんごを買いに行きました
という問題を読んだとき
手を挙げて先生に質問をした
たろうくんは寄り道をしないですか
たろうくんは疲れて休んだりしないですか
先生は
たろうくんは同じ速さでいつまでも進みます
と答えたと思う
それを聞いてわたしは
機械の体を持ったたろうくんが
がしんがしんと一定の速度で
同じ方向へ進み続ける光景を想像した
それからというもの
どうも算数や数学を解こうとすると
たろうくんががしんがしんと頭の中に現れるので
気が散って問題の答えを出すことが出来ない
想像の中のたろうくんは
りんごをひとつだけ買うために
いつまで経ってもつかない隣町を目指して
がしんがしんと進んでいる
教科書と同じ
縦丸の真っ黒な眼と笑った口を持って
誰とも出会わず
えいえんに


いくつのときだったか
家庭科の教科書を読んで絶望したことがある
図解付きで
汚れを落とす洗い方が載ったページだった
つまみ洗いや
こすり洗いなど
様々な洗い方をしている写真の一番端に
七分以上洗っても落ちない汚れは
何をしてももう二度と落ちない
というようなことが書いてあって
頭を殴られたような衝撃だった
努力しても出来ないことは絶対に出来ない
と宣告されたように思ったのだ
家庭科の先生は優しい女の先生で
聞けばなんでも教えてくれた
だけどわたしは
そのことについて聞かなかったと思う
困らせるような気がしたからだ
その先生が好きだったから
家庭科の授業はいっしょうけんめい聞いていた
いっしょうけんめい聞いていたはずなのに
今のわたしは釦付けひとつきり
それだけしかうまく出来ない
やっぱり
努力しても
出来ないことは
出来ないのかも知れないと思う
絶対に


国語は好きだったが
テストの点数はいつも悪かった
このときの主人公の気持ちを40字以内で答えよ
という問題なんかに
私は主人公でないのでわかりません。
でも、かなしかったかもしれません。
とか書いていたからかもしれない
国語の先生は萩原朔太郎が好きで
息子に朔太郎という名前をつけたと言っていた
すべて書き終えたテストの余白に
よくわたしは
さくたろうちゃん
という題名で男の子の顔を描いていた
その顔にいつも先生は花丸をつけてくれた
もうすこしまじめにもんだいをとこうね
というメッセージ付きで
一度 作太郎ちゃん という文字を当てたら
×がしてあって
朔太郎です
と訂正してあったこともある

今でも
陽のあたる午後
萩原朔太郎の詩集を
読んでいるときなんかに思い出すのだ
あの国語の先生と
見たこともないさくたろうちゃんのことを
思い出しながら微笑んで
あれから二十年くらい経つんだと思う
想像の中の先生はいつまでもとしをとらない
先生がもしわたしを覚えていたら
きっと先生の想像の中でも
わたしは永遠に六歳の
ぶすくれた顔をした女の子のまんまだろうと思う



※月刊未詳24/12月号投稿作品
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