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学校は動物園に似ている

2008年11月08日 02:03



数学を教えていた先生は
少年のような薔薇色の頬をしていた
ねずみ、というあだ名で呼ばれていたのは
ポッケットに三角チーズを
銀紙のまま
幾つも入れていたからだ
少し卑猥なことを言ってからかうと
顔を赤らめたから
きっと童貞だったと思う

πや√などの数字を
掌で慈しむように
丁寧に書いていたのを覚えている
チョークの粉がいつも
ふけのように髪に降り積もっていた

田舎の学校だった
わたしたち生徒は
毎日が檻に入れられているみたいに退屈で
誰かを貶めることくらいしか楽しみがなくて
ねずみが後ろを向いているときなどに
ねずみ、ねずみ、ばか、と囃しながら
消しゴムなんかをぶつけては笑っていたものだ

ねずみは何も言わなかった
いつも涙がたまっているみたいに
目をうるうるさせていただけで

そのうちねずみは
他の学校へ異動になることが決まった
最後の日に
宝物をいじくるみたいに手わすらをしながら
あのみんなどうもありがとう
と言ったきりいつまでも下を向いていた

みんなはしいんと黙りこんだ
恥ずかしいような後ろめたいような気分で
胸がどくどく云っている
そのとき感じていたのはたぶん
優しさという宇宙のようなもの
罪悪感という海のようなもの
それから少しの期待はずれ
ねずみは永久にねずみで
わたしたちは永遠に学生で
誰も何も変わらないまま
ずっと生きるものだと思っていたのに

その日の放課後
日直だったわたしは
職員室へ日誌を返しに行った
陽がすごく早く暮れたから冬だったと思う
暗い廊下を駆けて職員室へ入ると
ねずみも他の先生も誰もいなくて
ねずみの机の上には
わら半紙が広げられていた
そこには2Hの薄さの文字で
なにかくちゃくちゃの計算式
のようなものが書き散らされていた

何故だかわからないが
絶望したような気持ちになったのだ
真っ暗な窓ガラスには
立ち尽くすわたしの姿だけが
消えずに映っていて
そのときわたしは十四歳だったけど
さびしさについておぼろげに
理解したような気持ちになったのだった
確か
石油ストーブにかけられたやかんが
飛行機が空を切り裂くときのように
きいんと音を立てていて
あのとき


体罰をよく加える先生がいて
顔はもう思い出せないが
確かタヌキと呼ばれていたはずだ
不健康な茶色い顔色をしていた
たまに鼻歌を歌っていたと思う
よれよれの背広を着て
社会科を教えていた

職員室にあるタヌキの椅子には
赤い絣模様の座布団がくくりつけられていた
几帳面にミシンで縫ってあるその座布団は
独身のタヌキが作ったのだ
土曜日にはきっちり三色にそぼろがかけられた
綺麗なお弁当を持ってきていた
潔癖すぎて逆に不潔であった
それに
タヌキの爪は変に綺麗で
いつもぴかぴか光っていたんだ
もうどうしたって
タヌキが人間の筈はなかった
人間のふりをしている怪物にちがいなかった

タヌキは家からラップの芯を
何本も持ってきていて
それで頭を叩くのだ
そのためだけに
ラップを買っているのかも知れなかった
それ以外にも様々な
人を叩く道具を持っていて
それらはみんな教卓に入っていた
怖くて誰も教卓には近寄れなかったが
そのうち
タヌキの教卓の中には大きい肉切り包丁が入っていて
本気で怒らせたら殺される
という噂がたった
タヌキはそれを知ってか知らずか
素知らぬ顔で
相変わらず生徒を殴り続けていた

それから少し経ったとき
帰りの会の最中に騒いでいた女子を
いつものようにタヌキは殴りとばしたのだが
その女の子はちょうど生理中だったらしく
床に倒れたスカートの下から
わわわ というような感じで鮮血が広がった
みんなざわざわした
タヌキは無表情だったけれども
瞳孔が完全に開いていた
顎に冷や汗が何滴か伝っていた
タヌキがあの肉切り包丁で
とうとう女子を殺してしまった
みんなそう思ったのだ

ほどなくしてタヌキは
いなくなってしまった
異動したわけでもなく死んだという話も聞かないから
どこかにはいるんだろうけれども
少なくともここからはいなくなってしまった
教頭先生が困ったような顔で
代わりのせんせいがくるまで私が教えます
と言いながら
保健体育の授業をしていたのを覚えている

やがてタヌキのことが完全にみんなの頭から消えた頃
どこからか新しい噂が立った
お化けが出ると云う噂の学校裏の雑木林に
赤い絣の座布団を持った
変質者が出るという噂だった
誰もたいして驚かなかったのは
予想していたからだったんだろうか
生きるということはそういうことだと
みんな心の奥底で分かっていたんだろうか

あれから何年も経ったけれども
タヌキのことを思い出すと
なんだか心にあいた真っ黒な穴を
独りで覗いているみたいな
妙に寒々しい気持ちになるのだ
今も


セイウチと呼ばれている家庭科の先生は
その名の通りセイウチのように肥って
いつも居眠りばかりしていたし
ウサギと呼ばれていた古文のおんな先生は
いつも首に真っ白な包帯を巻いて
定まらない視線で夕焼け空を見ていた
ぶた、という音楽の先生は
奇跡的にアコーディオンがうまくて
教えるよりも
アコーディオンを弾いているほうが多かった
さるは学校の用務員で
血の出るような真っ赤なバラを
いとも容易く育てたし
校長先生はアリクイで
集会のときには昨日どんな夢を見ましたか
と舌なめずりをしながら聴いてきた
それはもう実に様々な先生たちを見てきた

わたしたちはあらゆるものを批判したけれど
先生たちは鷹揚に笑って
わたしたちが反抗するそのたびに
掌をひらいて
切り取った世界の一片を見せてくれるのだった

授業中は死んでるみたいで
チャイムが鳴るたび生き返った
廊下で交換される秘密の話や
同級生の髪から香るラックススーパーリッチ
いつか失われる日々は
いつも色鮮やかに記憶に残る

教科書は新しいのにいつも古びていて
三角定規セットは使われないまま
机の中にしまわれ
いつ絶望してもいいように
みんな鞄には包丁を入れて登校していた
誰にでもそんな経験があるだろう

死んでしまったハムスターのこと
嘘みたいに青いプールから漂う塩素のにおい
ポプラの木の下の掲揚台には
日本国旗が風雨にさらされ項垂れていて
しまわれることのないサッカーボール
掘り返されたままの砂場の砂のことや

放課後
あらゆる怪談と謎を内包して
立ちふさがる校舎
誰もいなくなった教室から
手を振っている子どもがいる

人生が不純物のない精製水のように
透明だったあの頃
少し不安をおぼえながらも
前方に立ちふさがる黒雲の方へ
決心して歩きだし始めた
あの頃の話


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