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思い出と食堂

2006年11月25日 13:34


大学の近くに
みすぼらしい食堂があった
不味い
と云う噂だったが
どうしてつぶれなかったろうか

少し空いた戸からは
べたべたした飴色のテーブル
屹立した割り箸立て
それから
どこにつながっているとも知れない
ねずみ色の薄闇が見えた

暇そうにおかみさんが
頬杖を付いたりもしてた

デカダンスっぽい感じで

樹脂性の見本品は
何時も
モザイクがかったように
埃にまみれ
置き去りにされた
価値の無いアンモナイトみたくて

わたしはあそこに居た時に
どうして一回でも
確かめに行かなかったろうか

前を行き過ぎるとき
あんなに下らない話をしていた
口をあいて
はあはあしていた
貼り付いた影法師の
重さなど知らずにいた

馬鹿だったから
なにもかも持ち切れるつもりで居たよ
好きな人も
義務も
夢も娯楽も

だけど
何年かしたら
何も残らないようになった
一過性のものものは
ほんとに二度と
戻らない

食堂の前で
溜息をついてた
なんだか酷く疲れていた

ありがちな経過ではあったが
わかったのは
自分の小ささで
わたしが泣いても
涙は海になどなるわけがない
足元を湿すばっかしだ

五年分の荷物は
鞄一つと
段ボール五個
あとは無数のわだかまり

住んでた町を去るとき
発車ベルが鳴るさなか
一度だけ振り返った
何だかラーメンのにおいがしたから

車内に乗り込むのは
三歩ふみだせば
それで充分だった
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コメント

  1. 水 | URL | -

    一過性のものは元には戻らないけれど、
    食堂に行くことは、今からでもできる。
    というのは変ですか?

  2. ピクルス | URL | .zfh79b6

     
    例えば学校にて。
    いつも踊り場の窓から外をボンヤリ眺めていた
    筈なのに、
    その階段が何段だったか
    思い出せないのは、
    意識していなかったからに他ならない。
    人は、
    歩いたことを覚えているだけだが、
    それすら忘れたりもする。

    なんて事を、想った。

    スマートさには欠けるが、
    いろいろ含んだ佳い詩。
    ありがとう。
     

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