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彼女らはいずれも澄み切った声をしていた

2011年09月10日 04:31


彼女は晴れの日でも傘を差している
雨を異様に怖がっているのだ
酸性雨を浴びると体が跡形もなく溶けてしまう
という話を子供のころに聞いて以来
ずっと信じているらしい
雨が降り出してから差すんじゃ遅いの
ちょっとでも髪が濡れたらそこから溶けちゃうの
繰り返し言う彼女の傘はあかるい緑色で
だからいつでも彼女は
夏の野原のただなかに
たった1人
しん、と立っているように見える



しんたろうくんっていうの
とあの子は
さもそこに恋人がいるかのようにわたしに紹介した
隣には誰もいなかったのだけれど
失礼にならないように
はじめまして、しんたろうくん
とわたしは手を差し出した
握手をする
振りをするつもりだった
だけど差し出したわたしの指先を
確かに誰かが
ごつごつした骨を持つ誰かが
遠慮がちに握る感触がして

そこに存在することを強く願い、また強く信じれば
それは本当にそこに居ることになるんだと思った

しんたろうくんとあの子はまだ仲睦まじく暮らしているらしい
― 同棲を始めました。
― 喧嘩は楽しくありませんが、仲直りをすることは楽しいです。
という幸せそうな葉書が先日届いたばかりである



体のありとあらゆる場所のサイズを測っては
帳面に細かに書きつけている人だった



親指の長さ : 5.5㎝(うち爪の長さ1.5㎝)
人差し指の長さ : 9㎝(うち爪の長さ1㎝)



太ったり痩せたりすると
その都度また測り直すらしい



眼の縦幅 : 1.5㎝
〃 横幅 : 3.3㎝



何のためにそんなことをしているのか訊いたところ
今の皮膚が傷だらけになってしまったので
新しく上からかぶる
まっさらで綺麗な皮膚を注文したいのだ、と言った
そんなものどこへ注文すれば作ってくれるの、と訊くと
無言で帳面の一番最後に書いてある
ひとつの電話番号を指さした



手首の直径 : 17.5㎝



帰宅してから
写してきた例の皮膚屋の番号にかけてみたけれど
機械的な女性の声が
この番号は使われていない
ということをそっけなく繰り返すばかりだった



細くなりたい、
細くなりたい、と言い続けて
友人は次第にうすべったくなっていった
細くなったのではなく薄くなったのであるから
自立することが出来なくなり
ほんの束の間ふるえながら直立しても
じき足元の床にぱさっと崩れてしまう

それで彼女は人でいることを諦めたのだった

いま
友人はわたしのうちの
クローゼットに掛かっている
首にゆるく巻きつけてやって
一緒に外出すると喜ぶ
友人はもうすっかり人の言葉を忘れてしまっているが
首元で身をくねらすときの具合で
どんな気持ちでいるのかわかる
鼻をうずめると
友人特有の甘い体臭が漂って
そのにおいを嗅ぎながら
まだ人だったころの彼女の声や
教室で眺めていた背中の丸みや
手紙に並べられていた癖のある文字のかたちや
そんなことを次々と思い出した

ずいぶん遠い思い出のような気がした



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船に乗る

2011年09月09日 20:09

陽も暮れきった午後六時
買い物メモを持って靴を履く
切れているのは醤油
それから時計に入れる乾電池
八時には夫が帰宅するので
急がないといけない
台所にはやりかけのパズルが広げてある
電灯はつけっぱなしにしてゆくつもりだ
テーブルを片づけて電灯を消して
カーテンを閉めてから出かけると
帰ってきたときがらんとした寂しさを感じる
まるでそこに
わたしが不在だった間に
容易には埋められない
深いぽっかりした穴があいてしまったかのように
まあそんなことはどうでもよいのだけれど

ドアを開ける

そこには
いつもの見慣れた階段ではなく
霧深い海が広がっていて
大きな白い客船が停泊していた
いつかの夢で乗り損なってしまった船だった
顔の部分が陰になって見えない船員がわたしを手招いている
混乱したが同時に
これは以前から決まっていたことであるような気がした
船員に近寄って
もう出発するのですか
わたしにはまだ用事があるのですが、と言う
船員はそれには答えずに腕時計を確認し
大事なものをひとつだけ持ってきていいですよ、と静かに言った
家に戻って部屋の中を見回し
少し考えた末に
パズルのピースをひとつ
ポケットの中へ滑り込ませた
電灯はつけっぱなしにしておく
カーテンもわざと少し開けてゆく
わたしの不在が
そんなに大した問題ではないように見えることを願って

ドアを開ける

二時間後に帰宅する夫は
永遠に完成しないパズルのある
時計の止まった
醤油のない台所で
立ち尽くしたりするだろうか
わたしの不在を埋めるように
パズルの続きをするだろうか
そうして最後のピースが足りないと気づくとき
わたしを思い出したりするかもしれない

船が動き出すまでの間
これまでのことを
ゆっくりと丁寧に思い出す
音のしないようそっと眼を閉じる

汽笛が鳴る

秋がきたので(俳句13句+短歌2首)

2011年09月08日 17:05

きちきちの発条ぜんまいきりりと回る昼

碧天へ飛蝗ばったさかんに墜落し

秋風が空に掻き傷つけて

稲妻に見惚れるうちにししゃも焦げ

ゆっくりと肺に秋光しゅうこう 満ちてゆく

梨を噛むだんだんさびしくなってゆく

琥珀色に閉じ込められる秋の夕

ぬらぬらと鶏頭おんなに見える宵

秋の闇 隣のうちの子が紛れ

丁寧に拭きあげられた月かかる

月光に髪 濡らされつつ帰宅する

胸ひらく少年のごとく菊ひらく

空白を抱くかたちで蝉は死ぬ



八月の終わりの夜を浮遊するまださよならも言えてないから

満月の夜ベランダでFMの渋滞情報じっと聴いてる




きちきち…ショウリョウバッタの雄の別称。きちきちばった。



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