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冬支度

2009年10月30日 17:16






十月も末になるとパソコンが
鼻をすするような音を立てながら起動するようになる
動作もどことなく鈍くて
悲しいつらい気持ち悪い
という類の言葉は迅速に変換されるのに
楽しい嬉しい気持ちいい
という類の言葉は
いっしゅん躊躇うように静止してから
しかたなさげに変換される
きっとさびしがっているんだろう

おまえは夜の森みたいに真っ暗な空間で
こわいくらいたくさんの配線に囲まれて
それでも発光しつづけなきゃならないんだよね
それはどんなにか孤独なことだろう

囁きながらなぜたりさすったりして慰めてやるのだけれども
いったい何をさびしがっているのかは
ちっともわからないままである
わからないまま抱きしめると
意外なほどにあたたかい

それでようやくこの頃は
ずいぶん寒くなったと知る



朝焼けも青空も夕暮れも
曇りの日も雨の日も霧の日も
すべての日々が
あんまり透明で美しいものだから
晩秋のわたしはご飯を食べるのも忘れて
ぼんやり空を見上げたり
せわしなく呼吸をしたりして暮らす
だから冬になるころにはすっかり薄くなって
夫が丸めて持ち運べるほどになるのだけれど
冬になればなったで冬眠のため
せっせと栄養を蓄えるから問題はないのだ

今年もだんだんねむる時間がのびてきて
半日ねてもねたりない
そろそろ浴槽に土や枯れ葉を満たして
寝床をこしらえておかなければならない



ほ と夫が飛ばした胞子を
掌で受け止めて
戸棚やクロゼットや食器棚など
あらゆる隙間に植え付ける
やがてそこいらには小さな夫が無数に生えて
隙間の米粒やほこりを食べて騒ぎだす

夫は冬になると
旅へ出てしばらく帰ってこないので
いつもこうしておくのである
夜中に起きてもさびしくないよう
たくさん飼っておくのである

そのうち小さな夫たちは
ゆうこゆうことさざ波のように
わたしの名前を呼びはじめる
なんてかわいらしいんだろう

だからこそわたしは
春になって目覚めたら
我慢できずにこの夫たちを
残さず食べてしまうのだ
冬の間に熟れた夫たちはとても甘い

まだわたしは生きてゆける



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日日夜夜

2009年10月30日 04:48



制服の下で何かを育ててる紺の靴下はいた娘ら


文庫本読んでる君の眼の中に寄せては返す海が見える日


昼下がりだらりと畳でねむってるわたしだんだん蛇になってく


そこだけが青空みたいな色だからさびしい夜はローソンへゆく


キッチンで背中まるめて立ったままプリン掻っ込むわたし主婦です


「すみません」
それがわたしの携帯で
「す」
と打つとまず出てくる言葉


板チョコをいちまい持って外へ出る遭難しても死なないように


耳奥で小人が騒ぐこんな日はすべてを捨てて旅に出ようか


イヤフォンを耳へ突っ込み踏み切りを幽霊みたいにわたる子供ら

move out.

2009年10月14日 19:19

引越しの準備をしている
朝から晩まで
陽のよく当たる部屋に座って
要るものと要らないものとを仕分けし始めて
もう三日が経過した
作業はぜんぜん進まない
なんだか百年くらい前からこうしているような
そんな気がしてきた

だいたいわたしは
必要なものと不必要なものの区別がつかないのだ
持っているものはほとんどがガラクタだし
小箱はたくさん持っているけど
中に入っているのは
錆びたコーラの王冠と使用済み切手
それと子供のころからずっと持っている
シルバニアファミリーの人形のかわいい首
たったそれだけである
意味や機能を失ったものどもは安らかだ
そういうものに囲まれて眠るのが好きなんだ
どうしても捨てることができなかったので
外へ出て土に埋めてお弔いをした
さよなら

昔すきだったひとの結婚式の招待状が
冷蔵庫の奥に押し込まれていたため
ひっぱりだして灰皿の上で燃やした
乾いた紙片は
意外なほど勢いよく燃えた
きっと忘れたかったのだろう
あのとき
結婚式であのひとが
こっちを見てどんな風に笑うか
想像したしゅんかん吐き気がきて
ずっとげえげえ吐いてばかりいた
それで
あのひととの間に授かった子は
いともたやすく流れてしまった
想像妊娠だった
うらんではいない

少し寒い
毛布を探したけど
布団のたぐいはきのう
箱に詰めて封をしてしまったんだった
探してみたけれど
どの箱にしまったんだったか
とりあえず適当な箱を開けてみると
やわらかいものが箱いっぱいに
くってりと折りたたまれて入っていた
夫だった
寝癖をなおしてやってから
もとどおり隙間なく封をした

ガムテープを買いに部屋を出る
ひんやりとしたいい夜である
月なんか怪物の目のように
あんなに黄色く光っていて
きっとこんなふうにずっと生きていくんだろう
風はどこか遠くの
海のにおいをはらんで





世の中がどんなに変化しても、人生は家族で始まり、家族で終わる。

2009年10月02日 02:57


どういうわけかうちのごみぶくろだけ
いつもあけられてしまって
中身がまき散らされているの

ある日曜の朝
母が困惑顔で言ったとき
それはきっと妹を狙う肉食獣の仕業に違いない
とわたしにはわかった

夜な夜なごみぶくろを開けて
中に
妹が入っているかどうか探しているんだ
だってそうに違いないんだ
何せ
そのころの妹は石鹸ばかり食べていたから
やわらかにすきとおって
いつもしゃぼんのにおいをさせていたし
おまけにとても素敵な脚をしていた

きれいなものしか食べたことのない妹は
血の臭いを拒絶した
殺されたものは食べたくないのと言って泣いた
だけれどわたしはその晩から
ピンセットでつまんだ肉を
すこうしずつ妹の体へ入れていったのだった
かわいそうに
だけどこうしないと
おまえ食べられちゃうんだよと言いながら

思えばあれがはじまりだったのだ

今の妹はまごうかたなき肉食となり
けものの肉なら生でも食べる
なんだかごめんね
と呟くと唇の端から血を滴らせて
なんなの へんなおねえちゃん
と笑う

それでも妹は
とても素敵な脚をしていて
きっと死ぬまで彼女の脚は素敵で
それと同様に
死ぬまでわたしは妹を愛する事をやめない
やめない 絶対に



両親の寝室は二階にあった

机が二つ並んでいたその部屋は
布団を畳んだあと書斎にもなった
書棚には広辞苑と人間交差点の四巻
それから母の集めたこまこまとした主婦のための雑誌の付録や
珈琲の空き瓶にためられたいろいとりどりの釦が置いてあった

両親がいなくてさびしいときは
こっそり書棚をあけて紺色の釦を口へ入れ
かろかろ言わせながら母の机で居眠りしたりした

両親は毎日必ず午後九時までには寝室へ入った
必ず二人だけで入るうえに
子供は絶対こないよう言い渡されていた
それなのに一度だけ
禁を破ってこっそりふすまの隙間から
盗み見したことがある

両親の寝室はやわらかい杏色の光に満たされていた
今でもよく覚えている
隙間にそっとあてたわたしの黒目がとらえたのは
父の椅子には父とよく似た少年が
母の椅子には母とよく似た少女が座っている光景だった
二人は肩を寄せ合ってごく小さな音で
サイモン&ガーファンクルのレコードを聴いていた

ああそうか
幼かったけどはっきりわかった

かれらは取り戻していたんだ
夜の寝室で
誰も知らない植物を育てるように
慎重に静かに生き直していたんだ

どきどきしながらそっとふすまをしめた
見てはいけないものよりも もっと見てはいけないものを
見てしまった気がした
生きるって怖い
ということを初めて知った夜だった



兄はある日
クラスメイトの男の子にファーストキッスを
奪われてしまったショックで もう二度と外へ出ない
と誓った

そのためか翌日から兄のからだ全体は
いつの間にか発生した
分厚い繭につつまれて見えなくなった

あれからそろそろ十年が経つ
あの中で兄が何をしているのかは知らない
ときどき兄の歌うような声が聞こえてくるのだが
その声は甲高くてちっとも成長していないようだ

深夜
足音を盗んで台所の片隅
ふわふわと膨らんだ繭の前へ行き
声を落して囁いてみる
にいさん
あなた大人になるのやめたの
返事はない
もしかしたらわたしは
兄とは会えないかもしれない
もう二度と

繭はたまに芯のあたりがぼんやり明滅する
なぜかわからないのだけど
それはいつも
まるでお別れを言っているみたいに見えるのだった



祖母はわたしの生まれる前に子宮を摘出した
ある意味でわたしはその子宮から派生したように思うのだ

わたしがもっとも
濃い関係を持っていたのは
祖母とだったから

以前は
ぽたぽたと降りしきるようなひなたの縁側で
おざぶとんを出してラジオで一緒に落語を聞くのが好きだった
桂枝雀はいいねえと言いながら
おせんべいをごりぼり噛んで

そんな時間が永遠に続くような気がしてたけど

ある日を境に祖母はだんだん記憶をなくしはじめた
今ではわたしを見ても
あれ おばさん
とか
キタヤマさんじゃねえの
とか
サダボウよう
とか
その時々で違う名前を呼ぶようになった
だからわたしはおばさんになったり
キタヤマさんになったりサダボウになったりするのに忙しい

祖母が一度だけ
ゆうちゃん
とわたしの名前を間違えずに呼んでくれたときには
もう遅かった
わたしはすでにわたし自身である
ゆうちゃんという女がどんな人間だったか
全然わからなくなっていたのだった
しいん、とするのがいやだったから
ゆいいつ覚えていた
桂枝雀のものまねをすると
祖母が笑いながら泣いたからわたしも泣いた
それからしばらく二人で抱きあって
ごうごうと嵐のように泣いたのだった














(タイトル原文)Other things may change us, but we start and end with the family.
イギリスの美術史家/アンソニー・ブラントの言葉

かがなぶ

2009年10月01日 14:46


鏡を見ると知らない女が映っていた
日を経るにつれ
だんだんわたしの顔は変わってゆくようだ
知らない人になったらいやだなあ
と思いながら
眼を閉じてもとの自分の顔を
思い浮かべようとしたんだけれど
見えるのは曖昧な灰青いろばかりで
まなうらには
輪郭さえ浮かんでこなかったんだ

眼を開くと相変わらず
鏡のなかの女はじっと立って
中空をぼやん、と眺めていた
そのさまはなんとなく魚に似ていて

あさましい
とつぶやくと
ほんのわずかに顔をゆがめた



路傍に
軍手やかたっぽだけの小さい靴や
幼児用自転車なんかが
ぽつりぽつり
と置いてあるのを
見かけるようになってきたから

透明なひとたちが
夏よりも増えたんだとわかる

置き去りにされたようなものたちのそばに
持主はたぶんいるんだろうけれど
どうすればいいのかわからなくて
途方に暮れているのだろう
何も知らなくてかわいそうだ

わたしは手をのばして
透明なひとのいるとおぼしきあたりを
うすくうすくなでさすってやる
背後では
踏切の警報音が鳴りはじめて

遠くでだれかが
笑った気がした



スーパーで段ボールを選んでいる
平均よりすこし大きいわたしを
詰めるためのものだから
なるべく大きいのを探さなくてはならない

こんな風になったのはいつからだったろう
ある日部屋にひとりで帰ったとき
なんて広いんだろうと思って
しん、としてしまったのがきっかけだったように思うのだが

すっぽり入れそうなのが見つかったら
持ち帰って台所で組み立て
上手に手足を折りたたんでから
するりと隠れると安心する
だってもう誰にも見つからないし
きっとなんにも請求されないし
自分を
必死で証明しなくてもいいのだ

天井を仰ぎ見ると
夏の間に死んだ虫が
電灯のかさの中にたいせきし

なんてやすらかな夜なんだろう
きき、と笑ってそのまま眠った

おやすみ、二度と起きないよ















かがなぶ(日日並ぶ)…日数を重ねる。



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