スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

わたしたち三兄妹

2009年08月25日 09:22


幼いころ
妹はお風呂が嫌いで
兄は爪を切られるのが嫌いで
わたしは歯を磨くのが嫌いだった
だからそのころのわたしたち三兄弟ときたら
妹は髪から極彩色のきのこを生やし
わたしはのどの奥に
蝶々をいちわ飼っていたために滅多に喋らず
兄は癇癪を起しては長い爪でそこいらを切り裂いた

一葉だけ残っている
あのころの
三人並んで撮った粒子の荒いカラー写真の中では
わたしたちは手をつないで
こわいものなしの小人たちみたいに笑っている

いっそのこと
あのまま三人で森へ行ってしまっていれば
子供のままで
永遠に生きられたかもしれなかった


わたしたち三兄妹は
とてもよく似ていた
声も歩き方も姿勢も
階段をのぼる足音さえも
区別がつかないほど似ていた
わたしたちを見分けられるのは
わたしたちだけだったから
母はそれぞれに一本ずつ
唯一の武器みたいに
黒のマジック・ペンを持たせて
自分の持ち物には
自分の名前を書くよう言い聞かせた

夏の日
居間で三人はだかになって
お互いの背中に
お互いの名前を書きあったことを
今でも昨日のことのように思い出す

抱き合うと心地よくて
三人でひとりの大きい人間みたいな気持だった

帰宅した父にこっぴどく叱られて
すぐに浴室で洗い落とされてしまったけれど
完全には落ちなかったから
今でもわたしの背中には
不器用な兄が書いたわたしの名前が
傷痕のようにうっすらと残っている



やがて
兄に声変りがおとずれ
わたしが初潮をむかえ
妹の体に体毛が生えそろうと
わたしたちは突如として
ひとりひとりの個人に成った

兄は爪をやすりでととのえ
妹は水生動物になってしまったように
何時間もお風呂につかり続け
わたしののどの奥の蝶々は
いつの間にか消えてしまった
しばらくは何をしゃべっても
喉の奥からせりあがってくる声が
ざらざらと奇妙に甲高くて
黒板を爪でひっかく音のように不快で

ときどき思い出したように
兄や妹と抱き合っても
隙間だらけですうすうして
なんだか気持ち悪かった

どうしてこんなことになってしまったのかな

机の一番上の鍵のかかる引出しに
しまっておいたあのマジック・ペンも
インク切れでもう
何も書くことはできなくなっていて


そうしてわたしたちは
完璧に損なわれ
はなればなれになってしまった
あれからもうずいぶん経つ
三人ともいっぱしの大人の年齢になって
もう誰からも
何も間違えられることはないけれど

それでもどうしても
一人ではまだ
うまく生きることができないのは
何故なんだろう


スポンサーサイト

電車

2009年08月12日 17:11


四角い硝子の内側に
ぶわぶわしたひとびとが
等間隔に産み付けられた卵のように
ぎっちりと隙間なく座っている
人間ではないふりをした顔は
電灯に照らされて
生気がないように青白い

各駅停車はのろのろと進み
中吊り広告は猟奇的な事件を
こぞって書き立て
そこだけ人間臭いような雰囲気が漂っていた

窓から見えるのは
夥しい数の信号機とお墓ばかり
一体なんのために生きてきたのだろう
そんなにまでしてどうして生きてゆくのだろうか
わたしも知人も知らない人も
みんな重たい荷物をひっぱりまわして



駅の喫茶店で手紙を書いている
キオスクで買った百円のボールペンで
精一杯ていねいな文字で
だけど
書きたいこととは違う方向へ
どんどん逸れていってしまう
おわかれの手紙を書いているのに
気づくとカモノハシの生態について
便箋を埋め尽くす勢いで書いてしまっていたので
諦めてペンを置いた
カモノハシは眼をつぶって水中を泳ぐ
だけどいまそんなことはどうだっていいのだ

あんまり明るすぎるせいなんだろうか
窓の外を見てみると
通りすぎてゆく人々はよそよそしく
すこし透き通って
さんさんと陽が射していた
口に含んだアメリカンコーヒーだけ
雨の味がして親しくて

遠くのホームの発車ベルが聞こえる

(あ、遅れてしまう)



雑踏の中から帰宅した夕暮れ
ふとズボンのポッケットへ手を突っ込むと
果実のような形をした
誰かの心臓が入っていた
急いで降りた駅へ戻り
遺失物の確認をしたのだが
―心臓を落とされた方ですか
―いなかったようですけどねえ
新月の夜に似た濃紺の制服を着た駅員は
何かの帳簿をいじくりまわしながら
つまらなそうに言った

その日からわたしは
ズボンの尻ポケットへ心臓を入れたまま
町じゅう歩き回っている

もくんもくんと動き続ける心臓を
早く持ち主に返さないといけない
そうしなければ
誰かがそばにいるような気がして
誰かがそばで
わたしに笑いかけているような気がして
安心してしまうから困るのだ



スーパーへ行く人

2009年08月05日 15:08




毎日
夕暮れ時になると
必ずスーパーマーケットへ行ってしまう
何か買うべきものがあるように思うのだ
冷蔵庫の中には
肉も野菜もそろっているのに
心の片隅がすうすうして
それを埋めるものを買いたい


自動ドアが開くと
許されたようで安心するんだ


そのまま
棚と棚との間を回遊魚のようにふらついて
カップラーメンをいくつか籠へ入れた
子供のころ
日曜日に父親と二人きりだと
昼食は毎回カップラーメンだった
大きいやかんで沸かした熱湯を
二人で大騒ぎしながら線まで注いだ
そのためか今でも
カップラーメンを食べるときは
少し嬉しくなってしまう


Mサイズ無精卵十個入りを
手に取ってしげしげと眺める
養鶏場で
卵を産むことを強制されているめんどりは
一体どのくらい居るのだろう
無精というところがなんとなく残酷だ
卵をうみきったら
最後には生きたままミンチにされてしまう
かわいそうなめんどり
そんなめんどりのことなんかお構いなく
ぐちゃぐちゃに卵をかき混ぜて食べるわたし


牛乳の棚の前で立ち止まる
あまり牛乳ばかり飲むためか
今でもわたしは背が伸び続けている
こないだの健康診断では
医者に
百年たったら東京タワーを追い越すくらいになる
と言われて
おそらくだけどわたしはあと百年も生きられないと思います
と答えた
百年後の世界に思いを馳せながら
たぷんとしたやつをひとつ籠へ入れる


レジ打ちのひとの横顔は
びっくりするほどあおじろい
小銭を出しながらいつも思う
このひとは
このスーパーの中に住んでいて
長いこと外へ出ていないのかもしれない
カップラーメンや乾物に囲まれて
案外安らかに眠っているのかもしれない



会計を済ませて表へ出ると
もうすっかり暗くなっている
突っかけてきたビーチサンダルは
昼間の熱がまだ残っているアスファルトの上で
ぱすぱすと心もとない音を立てた

心には未だ
すうすうと風が通り抜けていて
とても静かだ
ぶら下げたマイバッグの中には
死んだものばかり詰まっていて



わたしが無職だったころ

2009年08月04日 05:00

わたしが無職だったころ
茹で卵と塩むすびだけはんかちに包んで
毎日河原へ出かけていた
それしかやることがなかったのだ
アンケート用紙とかに
無職
と書くのが厭だったので
仕事を探してはいたものの
どういうわけかやりたい仕事は
ちっとも見つからないのだった
ハローワークは
くすんだ色の服を着た
うつむいた人たちでいっぱいで
その中だけ冬みたいにうすら寒かったから
あまり行こうとは思わなかった

春だった
河原には一面に菜の花が咲いていて
うらうらと粉っぽいにおいが流れていた
その中に座って
塩むすびと茹で卵を黙って三十回噛んで食べた
はんかちはきちんと畳んで鞄へ入れた
鞄なんてなぜ持っていたのだろう
あのころ大事なものなんて
ひとつもなかったのに

ポッケットに手を突っ込むと
指先に必ずライターが当たった
洗濯したての服を着ていても
どういうわけか入っていたから
ことによると
ライターというものは
輪ゴムや耳かきと同じように
勝手に増殖してゆく類のものなのかもしれない

あれからしばらく経って
新しい鞄を買った時
あの鞄は捨てたのだけど
ファスナーを開けてさかさまにすると
ハンカチと洗濯バサミとミルキーひとつぶ
それとグリコのおまけが中から出てきた
全部出しても
掌におさまるくらいの量だった
心のよりどころだったのかもしれない

グリコのおまけは
プラスティック製のちんけな電話で
永遠に鳴らないかたちをしていた

ミコ

2009年08月04日 03:10




お提灯のあかりって魂みたいだわ
長いことミコはそう思っていた
ミコの両親はずいぶん前に死んだ
死因がなんであったか
ミコは覚えていない
覚えているのは
うちの中が黒い服を着た
影法師みたいなひとびとでいっぱいになって
そのときもお提灯はともされていたことと
長く長く続くその儀式の間中
台所の薄暗い隅っこに
しゃがんでいたことだけである


夏祭りのときに
ミコは山車の上で踊るひょっとことおかめを
長い間じっと見つめていた
どういうわけか
それが両親のように思えて仕方なかったからだ

あのお面を外してくれないものかしら
もし外してくれたら
ミコの両親かどうかすぐわかるのだけど
しかしひょっとこもおかめも
けしてお面を外さないので
あれが両親かどうか
ミコにはついぞわからないのだった

夏祭りにくるひとたちの中には
もうとっくに死んでいるひともいた
そういうひとは
誰とも並んで歩かずに
ただ悲しそうに宙を見つめているのだった
生きているときよりも少しだけ
褪せたような色で


ミコはおもちゃのらっぱを持っていた
それは両親が存命中
唯一ミコに買い与えたもので
プラスティック製のそれは
ばかみたいな黄色をしていた
類推するに
ミコはあまり両親に愛されていなかったのだろう

夕暮れ
ミコは道をあるきながら
時々らっぱをぷうぷう吹く
らっぱには音を調節するような
バルブもレバーもついていないので
ミコの鳴らす音はいつも一定だった
冬の日の木枯らしにも似たその音は
いつだってかなしげなラの♯だった


ミコはいなくなってしまった
いなくなったというよりは
失われたと言ったほうがいいだろうか
ある日
青い車に跳ね飛ばされて
あっけなく死んでしまったのである

ミコが最期に見たものは
走り去ってゆく青空の色の車で
あの車はきっと空へのぼってゆくのね
わたしを連れにきたんだわ
とそれだけ思ってミコは死んだ

蜜柑箱ほどの大きさの棺には
黄色いらっぱと
ミコのいつも着ていた
紺色のジャンパースカートが入れられた
それを
あまり好きではなかったかもしれないのに
あまり好きではないと言わないままミコは死んだ
棺の中の顔は
ほんの少し口をあいていた
びっくりした時の口元だった

ミコは今頃
地中ですっかり腐りはてているだろう
そうしてその横には
いつまで経っても腐らない
黄色いらっぱが埋まっていることだろう

夏祭りの祭りばやしが
どこか遠いところから聞こえてくる
ミコはもういないのだけれど
お提灯のあかりはやっぱり
魂のようにぼうぼうとともっているのだった

父と煙草

2009年08月01日 20:31




父は煙草のみだった
階段の二段目にいつも
暗赤色のパッケージのチェリーを置いていた
わたしの幼い頃の記憶は
チェリーの甘いにおいと
母に叱咤されながら
背中を強く叩かれているところから
始まる


小学校低学年の図工の時間
紙粘土と絵の具とニスで
何か作りなさいと言われた
他のみんなは
指輪だのパトカーだのきりんだのを作っている中で
わたしは一人だけ灰皿を作った
どっしりとした硝子の
探偵事務所とかによく置いてあるような
そんな灰皿を真似たつもりだったが
どういうわけか赤と黒とで色をつけてしまったので
硝子の灰皿というよりかは
消火器に似てしまった

父はその珍妙な灰皿をしずしずと
二階の母の箪笥の上に置いた
そして
けしてそこから動かさなかった

長じてから
そっとそれを持ち上げてみたとき
裏面に
父の達筆な文字で
1990年.長女.6歳
と書かれた
小さなラベルが貼ってあるのを見つけた



中学生のとき
父の煙草を裏庭で焼いた
父はワンカートンの煙草を買ってきて
書斎机の端に
一箱ずつ
まるでタワーのように積み上げる癖があったので
そこから数個持ち出してきて
チャッカマンで火をつけた

裏庭はものすごいにおいと煙とで
ぼんやりと白くけぶった

夏の終わりだった
薄ぐらい裏庭は土と猫の小便のにおいがして
父は二階で
眠っているのか死んでいるのかわからないくらい
静かに眠っていた

わたしは
腹立たしいような悲しいような
凶悪なようなうすあおい気分で
燃え盛る炎を眺めていたのだった

あの感情に
未だ名前をつけることができない



月刊 未詳24/2009年8月第29号投稿



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。