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職場はショッピングセンター

2009年01月29日 15:54


伸ばされた指先は
何に触れることもなく
平面的な笑顔を貼り付けて立っている
飽く迄も白くてなめらかなあの体は
日本人の平均的なサイズなのだと云うが
わたしはとうにそのサイズよりも
遥かに大きく育ってしまった

諦めたように硬直している
樹脂性のマネキンが林立している通路を歩く
裸のマネキンは
性器がいい加減につくってあるから
人間になりかけの怪物みたいだ
みてはいけないもののようで
いつも直視できないから
俯いて靴ばかり見つめている
俯いて靴ばかり見つめるから
わたしはだんだん海老に似てきた

従業員休憩室は寒くて薄暗い
人の住まぬ海底の
洞穴のようである


不思議な金属音が響いている
合い鍵を作る店の前で立ち止まった
間抜けなエプロンを着けているお兄さんに
あのわたしの心の鍵を作ってくれませんか従業員割引で
と頼むと
三十分で出来上がる
と言う

三十分後に渡されたのは
♀のような形をした
ちゃちな金属片だった

あのこれ鍵ですか

小さい声で尋ねると

いえそれは栓抜きです
あなたの心は栓抜きでなければ開きません

とこともなげに言われてしまった

騙されたような気持ちである
お会計三千円(割引済)を支払ってしまうと
財布のなかが空っぽになったから
小銭入れのところに♀を入れた
歩くと馬鹿にするように
へらへらへらへら音が鳴る

腹立たしいが捨てるのも惜しいし
いやにぼんやりしてしまう
なんだかんだと文句を言っても
わたしのこころというものは
存外簡単に出来ているらしい


宝石屋のスタッフさんは
いつもスーツを着ている
スーツで来てスーツで帰る
休日もスーツの着用が義務付けられているから
もう皮膚のようになってしまっているとのこと
ざわざわと寄り集まって
なにかを相談しているかれらの背中は
不吉な予兆のように黒くて

ひかりものを口にくわえて
こちらを見据えるその眼は
ぎょろぎょろに光ってしまっているから
簡単に巣に持ち帰られてしまいそうな気がして
いつも怖い


出勤時には従業員用裏口から入り
犬みたいな顔の警備員さんの前で
名前を署名して
退勤時には同じ裏口から
警備員さんに何も盗んでいないことを見せてから
退勤時間を署名の横に記して帰るのだが

ときどき
書いたはずの自分の名前が見当たらないときがある

犬みたいな顔の警備員さんが
更に犬みたいになるから焦るが
焦るほどに見つからない

わたしは自分が確かにいたと
朝から今まで消えずに存在していたと
証明しなければ帰れないのだ

靴音が妙に響いて
すごく不安だ
署名は全部わたしの筆跡に似ていて
その全部がわたしの名前ではなくて

石油ストーブの燃えているにおいがする
外は雨らしい
寒い
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いつも持っているものもの

2009年01月23日 03:49


ポケットに入りきらないものは
なるべく持たないようにしている
あまり重いものを持つと
背骨が湾曲して
そのうち二つ折りにぱたんと
折れ曲がってしまいそうな気がして怖い


のどあめを
かみ砕くためだけに持っている
自分が世界よりもずれた位置に居るような感じがしたとき

例えば
おなかがすいたけど何を食べたいのかさっぱりわからない時
どれだけ水を飲んでも喉が渇き続ける時
裸のマネキンにうっかり欲情してしまった時

そういう時に
のどあめを幾つかかみ砕くと
抵抗できない弱い動物を殺してるみたいで
にやにやわらってしまうのだ

おとなしいミント味のそれらは
たやすくわたしの口内でばらばらになって

ああ
わたしの身の内に広がる
性欲と暴力的衝動は
夜空のように真っ暗で
果てしなく美しいのだ


書き留めておかないとすぐ忘れるから
ボールペンとめも用紙をいつも携帯しているのだけど
ボールペンはずいぶん前からインクが切れているし
めも用紙は裏の白いパチンコ屋のチラシを切ったものだ

書けないボールペンでめもする事は
当たり前のようだけどすぐに忘れてしまう
もやみたいな筆跡はどう苦心しても読めないから
諦めて裏返す
だからわたしは
どこのパチンコ屋に新台が入荷されたか
とか
そんなことばかり詳しくなっていく

なんだかむなしい
むなしいというよりさびしい
さびしいというよりかなしいのだ

めも
と平仮名で書くと
可愛い妖精の名前のようだ

今日
そんなことを思い付いて書き留めたけど
やっぱりすぐ忘れてしまって
スーパー海物語ってなんだろう
とか
ぼんやり考えている
ひとりで

書けるボールペンで書いても
可哀相
という三文字は
いくら練習してもうまく書けない


イヤフォンをひとつ持っている
ありふれた黒い色の
耳に押しこむタイプのものである
何も聞きたくない時や
わけもなくさびしい気持ちになりたい時
そういういざという時
耳に押しこむためとして持っている
どうしてかこの町には
どこの店にも耳栓が売っていない
このところ再開発計画などで
そこいらじゅうで工事の轟音が鳴り響いている
そのせいで眠れぬ人が増えたのだろうか
そういえば夜中に
蛾みたいにふらふらしている人が増えたような気がする

夕方
遠くからかすかに
工事の音が聞こえる線路に立って
イヤフォンを耳に押しこんでみる
そうすると
静寂の中で
わたし一人だけが生きているような
身の内にこの世界と同じだけのだだっ広い空間が広がるような
すうすうした気持になってさびしい
さびしいと同時に少しうれしい
どこにもつながっていないイヤフォンの線は
ただぶらぶらと揺れていて

頭蓋の中で小人が泣いているような気がして
でも少し経ってから
それは自分の心臓の鼓動だとわかる

夕陽に照らされた線路は
真っ赤に染まってどこまでも続いて
なんだか人の血管に似ている

ぱん

2009年01月21日 00:03




あんぱん
と囁くときの
女の子のくちびるが
あんなにも淫靡なのは何故だろう

ふっくりと焼き上がったあんぱんを眼にすると
ぼくはつい乳房を連想して
歯を立てて食らいついてしまうのだ

特に真夜中
さびしいときには
幾つでも貪り食ってしまうのをやめられない

一人暮らしの四畳半で
天井の隅を見つめつつ
あんぱんの空き袋に囲まれて横たわると
透明な女たちに守られている気がして
ひどく幸福な気持ちになる
それは刹那的でひどく甘美だ
現実逃避にはうってつけだ


最近
ますます鋭角になってきた君は
クロワッサンばかり食べている

尖った先端を白い歯で噛んでいるところは
まるで共食いそのものだ

この頃の君はますます痩せて
部屋のどんな隙間にでもぴったりと収まってしまうようになって
見つけることも困難になってしまった
さくさくさくという
君の歯が立てる音がそこらじゅうに満ちているから
どこかに存在していることだけは解るのだが

台所の床にクロワッサンの食べかすが無数に落ちている
その光景は
荒涼とした月面に似ている

いつの間にか外は真っ暗で
まるで宇宙みたいである
おおいと君をよんでみるが
宇宙には空気がないのだから
どんなに近くにいようとも
どんなに喚きちらそうとも
何の音も
君には届かないのである

それを忘れて何時までも呼ぶ
わたし
呼ぶ程に孤独になってゆく
ぽつん


早朝
薄暗い店の中で
たったひとり
ぱんを焼いているぱん職人
痩せた肩を震わせて
泣いているようにも見える
腕がゆっくりと放物線を描き
生地を叩きつけ
小麦粉が霧のように舞う
早朝の森の中のようだ
絶滅した美しい蝶のりんぷんのようだ

彼の背後には
無数の切断された女の指
みたいなしょくぱんの耳が堆く積まれていて
ああ
あのひとはひとをころしてきたのかもしれない
たったいま
ひとをころしてからここへきたのかもしれない
そんな気持ちすら起こさせる

やがて開店したぱん屋で
にこやかにレジを打つ
ぱん職人の爪の先には
わずかに血が付着している
その手からぱんを買うとき
何故だかひどく官能的な気分になって
体がぶるっと震えるのを
止められないでいる




月刊未詳24/1月号投稿作品

電車

2009年01月17日 03:39


早朝
地下鉄のホームにて
始発を待っている
上の方には群青色の空気の
明けかかった世界がある
わたくしどもはその底に沈み
なんとなく漂い続けている
迷子の幽霊のように
或いは退化しすぎた深海魚のように

昨晩少し呑みすぎたためだろうか
立ち止まっているはずなのに
ホーム全体がゆっくり後ろへ動いてゆく
錯覚なのだろうか
それとも
わたくしどもはこうして
切り取られて
漂流してゆくのだろうか
真っ暗闇の
誰も知らないその先へと

やがて始発列車がやってくる
早朝の気配を車体に漂わせて
わたくしどもを現実の世界へ引き戻すために

轟音をたてて滑り込んでくる
その風を浴びて
わたくしども
途端に人間のかたちに戻ってゆく


ぼんやりしていると
いつの間にか駅にいることが多かった
あの頃
わたしはまだほんの少女で
床屋と小さなコロッケ屋しかない村に住んでいた
セーラー服は生地が重くて
ハイソックスが脚を締め付ける

街灯がぽつぽつ灯り始める時間帯が
もっともそわそわするのだった
他に行くところがあるような
わたしを待っているひとがいるような

しかし電車に乗ることはけして無かった
それよりも
薄暗い灯りの中に
不安そうに乗っている人々が
揺れながら遠くへ行くのを見るのが好きだった

何本も電車を見送って
すっかり満足すると
もう周囲は真っ暗だ
歩いているひとびとは
いつしか空っぽの影法師になって
コロッケ屋の脂のにおいがしている
自販機の灯りが妙にさみしい


終電にひとりで乗り込むとき
いつも緊張してしまう
ホームとドアの間の隙間が
奈落の底のように見えて
落ちたらきっともう這いあがれない
そんな気がするのである
そうっと乗り込んでから
ああ今日も無事だったと安堵する
窓から
四角く切り取られた闇が見えて
町の灯りが修正液みたいだ

きっと最期もわたしたち
こういうふうにひとりで
行かねばならないのだろう

そう思うと心がすうんと
薄青いような色になる

電車はおもちゃのように
かたかた揺れながら
残像を残して
闇を駆け抜ける
どこへ向かっているのだろう
途中で分からなくなってしまって
見回すと周囲の人々が
少しずつ透明になってゆくのが分かる
そのうちみんな消えてしまう
そのうちわたしも消えてしまう

夫と死とわたし

2009年01月17日 02:39



夜中に
夫と二人で散歩へ出かけた
ちょうど満月の夜だった
月光の下で
昼間とはまったく違う顔となる
わたしたちは
白い息を吐きながら歩いてゆく
たましいを
少しずつ消費してゆくかのように

そのうち夫が何か見つけて
振り返りもせず駆けていった
わたしはこのように
いつも夫の背ばかり見つめているから
そのうち顔を忘れてしまいそうで怖い
いつか
知らない人についていって
どこかの河原で殺されそうな気がして怖い

街灯がふたつ
月みたいにぴかぴか光っていて
歩いても歩いても夫はいなくて

なんだか天国みたいだと思った
もうすぐ天国へいけると思った


夜中
時計の電池を
入れ替えようとした姿勢のまま
夫が台所で静止している
充電してやったが
もう手遅れだという気もする
その直角に曲げられた関節も
少し仰向いた顎も
かなしい

しゃこん
とまぶたを開いた夫は
既に人ではなくなっていて

わたしたち
やがて
電池の切れるようにあっけなく
死んでしまうのかも知れない


今日ころんでつくった
膝の傷口から
ちょっとだけ宇宙がはみ出している
わたしたちはみんな
体内に宇宙をかくしもっている
惑星がぶつかりあって
すさまじい音がする

包帯をぐるぐる巻きにしたけど
内側からにじんできて

ああ
そろそろ
呑みこまれてしまうだろうか
跡形もなく



「あけましておめでとう」

2009年01月15日 06:34

路上が真っ白に光っている
雪が積もっているのだ
と思ったけれども
よく見ると
それは雪ではなくて
月光があまりにたくさん降り注いでいるので
それで雪のように見えるのだった
ひとびとは今日一日だけ
神を信じている顔で
例外なくこちらに背を向けて
黙黙と歩いてゆく
天国というものについて考える
こんな風なところだろうか
とても静かだ

路傍に設置された門松を見るたび
いつかあれに殺される気がして仕方がない
尖った先端がわたしの心臓に食い込む
そんな想像をする
きっと即死だろう
青々とした竹は
まだ伸びようとする意思を持っているかのようだ
空に突き刺さりそうにまっすぐぴしんと立って
ひどく勇ましい

煙草を買いにコンビニへ寄る
アルバイトがつまらなそうにレジを打つ
年が明けたのですよ
あなたは知らないかもしれないが
年が明けたのですよ
あなたは昨日までのあなたではなく
新しいあなたなのですよ
そんなことを言ってやりたくてたまらなくなる
すべすべした顔のアルバイトは
ありがとうございましたを気の抜けたように発音し
コンビニの中はいつものように整然として
白々とした光は清潔で
不定形なものが何もない
四角形のものばかりである
ここは異空間なのかも知れない

表へ出ると
ちょうど朝日が昇るところだった
吐く息が白い
誰へともなくおめでとうと呟いてみるが
わたしは
正月がおめでたいと思ったことは一度もないので
なんとなくわざとらしいおめでとうになった

おめでとう
去年の一年間は長かった
戦い疲れて死にそうだった
今年もまた一年生きなければならない
きっとまた死にそうになりながら
来年もわたしは生きているだろう

地平線から新年という
何か大きい怪物が
手をのばしてわれわれを捕まえに来る
だけどそれはこわくなくて
どちらかと云えば
どうしようもないような感じで
すすんで捕まりに行きたいような

神社では
長旅をした人をねぎらうかのように
大きい鍋で甘酒がふるまわれている
紙コップでそれをひとくち飲むと
わたしが
隅々まで新しくなってゆく



祖父母を訪ねる

2009年01月15日 04:05

新年に祖父母の家を訪ねるとにした
特にどうという理由もなかいのだが
しいて言えば少々の金が入り用であった
アパートの部屋は底冷えがする
旅慣れていないので
何を持っていけばいいか分からないが
鞄に
とりあえず牛乳石鹸と
ボールペンとを押しこんで出かけた

そのまま電車に乗って
一眠りする
眼が覚めると
わたしはもう
祖父母の家に着いていた
なんだか真っ暗だ
こんなに真っ暗だったかなと首をかしげていると
正座した祖父母があらわれた

彼らは去年よりもさらに色褪せて
体もずいぶん薄っぺらい
だんだんモノクロの遺影になってゆくようだ
雑煮を出されたが
中には餅がひとつも入っていなくて
餅の代わりに
セルロイドのキューピー人形が入っていた
箸でつつくとぴゅうと鳴く
少しだけ食べてやめにした
あんたなんでぜんぶくわんのじゃ
祖母が首を傾げたが
とても本当のことは言えないから
あまり空腹ではないのだ
とだけ言って煙草に火をつけた
おまえ あんまりすうとながいきできんぞ
言いながら祖父がキューピーを
頭からばりばり噛み砕く
切ない気持だ
滑稽な光景なのに
なぜか非常に切ない気持だ
封筒に入れられた金を貰った
一応お辞儀をして
祖父母の家をあとにした

帰途にて
そわそわしながら封筒を開いてみる
するとそこには
金ではなくて
A4サイズの白紙のコピー用紙が
丁寧に折りたたまれて入っていた
少し考えてから
でも仕方がないのだろう
溜息をついて紙を折りたたむ

鞄をあけると
祖父母の仕業だろうか
なぜか蛤が大量に入っていた
牛乳石鹸のにおいがする
蛤が膝の上でごゆごゆして
泣きたいような気分である
祖父母の顔を思い出せない
さっきまで会っていたはずなのに
どうがんばっても思い出せない

行きはあっというまだったのに
帰りは随分長くかかる
わたしは遠くまで帰るのだ
そこらへんに様々な人を置き去りにして
顧みもせず帰るのだ
車窓に映る自分の顔が
妙に薄情そうに見えた


伊藤さぶろうの妄想

2009年01月15日 03:49

前世というものがあるのかどうか分からないが、近所に、マリー・アントワネットの生まれ変わりだ、と主張する無職の男がいた。
同じように無職だった頃は、よく公園のブランコに隣り合わせになり、夕方まで喋ったものだ。
誰も信じてくれないの、と女ことばでつぶやく彼の首には、ギロチンの跡だという傷跡がぐるりと一周している。
だけど縫合したあとがあるし、たぶん自分で切ったんだろう。泣くかも知れないから、言わなかったけど。
彼と初めて会ったのは、初夏で、わたしは、仕事を辞めたばかりだった。毎日が退屈で死にそうで、死なないために、いつもふらふら散歩していた。彼は公園のベンチに腰掛けていて、わたしが前を通りかかると、久し振りね、と言ったのだ。どこかで会いましたか、と聞くと、前世のあなたはあたしの使用人だったわ、あたし、マリー・アントワネットよ、おぼえてないの、と言った。演技をしているようには見えなかった。わたしは彼の隣に腰を降ろし、そうでしたか、とだけ言った。そこが始まりだった。
それから仲良くなって、手をつないだりした、セックスまではいかなかった、いやよ、女同士じゃない、と彼の方が拒んだ。手をひっこめると、彼は少し泣いた。辛い苦しい、痛い痛い、と言いながら。バカらしいと思いつつ、わたしもつられて少し泣いたのだった。

近所だったので、よく彼の部屋に行った。窓際に古ぼけたミシンが置いてあった。家の人には内緒で、ドレスを縫って、夜中にひそかに着たりしているそうだ。いいと思うよ、と言うと笑った。彼とわたしはよく笑った。たぶん、何の責任も負っていなかったからだろう。
彼の手首は綺麗だった。男じゃないみたいにすべすべしていた。よくこんなしみったれた町からは早く出ていきたいと言っていた。出て、それからどこへ行くつもりだったのか、あのとき聞けばよかったと、今になって思う。風が吹いていて、わたしは黙っていた。寡黙なのね、と彼が言って、それは、妙に耳に残る、ざらっとした声で、思わず彼の顔を見ると、悲しそうな顔をしていた。それでもわたしは、何も言えなかった。口を開いても、嘘しか言えないような気がした。
新しい仕事が見つかった時、一応、もう会えないかも知れない、でも時間ができたら会いに行くよ、と言いに行くと、彼はドレスを着て、何もかも分かっているような顔で、わたしと握手をし、来世でまた会いましょう、とだけ言った、ドレスはまるで似合ってなかった、滑稽だった。縫い目はじゃびじゃびしていて、無精ひげが生えていて、彼の眼鏡は脂のようなもので曇っていて、全然ゴージャスじゃない。
夕日が当たっていて、埃が舞っていて、妙に悲しかった。

それから、彼に会わない。
家に行ってもいつもいない。さぶろうはいまいません、と母親らしき人から言われる度、彼の名前はさぶろうだったんだ、と思う。門には「伊藤」という表札がかかっている。彼の部屋は二階なので、カーテンが、一ミリの隙間もなく、ぴったり閉まっているのが、路上からでもよく見える。
白い息を吐きながら、でも、呼ばない。なんと呼べばいいのか分からないからだ。死んだのかもしれないとちょっとだけ思う。あのすべすべした手首が眼前にまざまざとよみがえる。あそこに深く切り込みを入れて、フランス万歳とか叫びながら死んだのかもしれない。
だけど悲しくはない。なんだか、彼を好きだったのか嫌いだったのか、よく思い出せない。すこし嫌いだったかも知れない。けど、といつも思う。けど、の先に何が続くのかわからないまま。

立ちつくすだけのわたしの背中を冬の風が撫でてゆく。さらさら、と衣擦れのような音がして、主を失ったミシンが、ゆっくりと錆びついてゆく気配を感じる。けど。




かみかくし

2009年01月05日 16:27

きょねんのはるに
ゆくえふめいになったこどもがおりました
さがしてもさがしても
すがたどころか
あしあとすらみつからない
やがてみんなはあきらめました

それがちょうどしょうがつに
きゅうに
ろじょうにあらわれたそうです
ぶらぶらのてあしは
むっちりとふとり
いなくなったときとおなじふくをきて
まるでかわらずに
ぴかぴかのほほで
にこにこあるいてきたそうです

そのこをみつけたのは
うらのうちのじいさんで
おったまげながらも
ともかくそのこのてをひいて
もとのいえへ
つれもどしてあげました
ところがそのこは
かぞくのかおをみて
コワイコワイ
とないたそうです
おとうさんやおかあさんのかおを
すっかりみわすれていたのでしょう

こどもはおんおんなきどおして
とうとう
さんがにちのおわったひに
おかあさんおかあさん
とよばいながら
やまへはいっていったそうです

はて
なにをおかあさんとおもったのでしょうか

やまにはびゅうびゅうかぜがふき
そのこはかえってこなかった

のちに
うちのうらのじいさんが
かたったところによりますと
そのこはちかくでよくみると
うっすらけもののけがはえていて
てのひらはかたくていしのよう

あれはもう
ひとではなくなったのであろう

やまはそのうち
きりくずされて
なんとかニュータウン
という
じゅうたくがいになりました

それでもときどき
みみをすますと
おおん

なにかのなくこえが
かすかにきこえてくるそうです

ぼくのはなしはこれでおしまい
つむじかぜが
くるくるとおりすぎて
こどものヒフのにおいがします



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