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或る女の日記帳

2008年10月27日 14:27


X月Y日
部屋の四隅に鳥の雛が堆積しているような気がする。
なにかたべさせてやろうと外へ出て、とりあえず掌に山盛り、虫をとってきた。
口笛を吹いて誘ってみる。
しかし雛たちは、ちち、とも動かない。
よく見ると動かないはずである。
鳥の雛と思ったのは、まるく照っている陽射しだった。
いのちのような色をしているから、つい見紛ってしまうのである。
このごろそういったような見間違いが増えた。

掌中をまじまじ眺めると、虫だと思ってむしりとってきたのは、アルミ缶のプルトップだった。
腐った飲み物が指にべっとり付着している。
痛い。さびしい。

X月YY日
誰かが夜にわたしの右腕を盗んでいった。
朝になると腕はきちんと二本、つながっていたのだが、何故か両方とも左腕になっている。
やりづらくて仕方がない。
署名をしようとすると、腕がむやみに震える。

X月YYY日
来月のカレンダーをめくってみたら、1日からではなく、0日から始まっていた。
しかも0日の日付の下に、わたしではない人の字で、『米買いに行く』と書いてある。

ふざけるな。わたしはパン食だ。

しかしその日がくるのが怖くて仕方ない。
米を買いに行かなくてはならないのだろうか。

X月YYYY日
朝、洗面所の蛇口から生卵が出てきた。3つ出てきたから、目玉に焼いてパンで挟んで喰らった。
サラダオイルで焼いたのに、なぜか濃厚なバタの味がした。

なんの卵なんだろう。

X月YYYYY日
ここ数日、寝ようとすると枕元で小人が踊る。祝日でもないのに。
わたしの知らない間に、なにかが始まっているのだろうか。

X月YYYYYY日
おぼえていたはずの、かんじを、わすれてしまった。
きょう、いちにちだけだ、とおもうが、しんぱいだ。

X月YYYYYYY日
写真が一葉送られてきた。
知らない家族が映っていた。
海パンを履いて笑っている男の子の下に、
↑あなた
と書いてある。
わたしは女なのに。

しかし後ろを向いて納得した。
なぜならば、写真と同じ男の子を、いつの間にかわたしはおぶっていたからである。

けたけたけた、とあおじろい顔で笑う男の子は、むしろ愛しいもののように見えた。

X月YYYYYYYY日
男の子はいなくなってしまった。その代わりとでも言うかのように、引き出しの中に頭の青いマッチがたくさん詰まっていて、開け閉めするたびにばらばらばらばら零れ落ちてくる。

それを見て、あ、もう遠くへ行く時間だと思った。
たしかにそれは合図だった。

歩いて歩いて、行けるところまで行くつもりだ。
電車に乗るのもいいが、小指の爪が長い男に殺されそうな気がするのでやめておこう。

わたしは行く。

もう二度と帰らないつもりだ。

X月YYYYYYYYY日

(日付だけは書かれているが、頁は空白である)

(その後も空白の頁が続く)


X月Y…日

おまえがわたしを
誰なのか知らないように
わたしもわたしが
誰なのかわからない


(これを最後に、日記は終わっている)

(しとしとしと)

(雨が降っている)


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ザ・秋

2008年10月26日 06:22


夏の間にとろけて形を失った人々が
寒くなるにつれて
にんげんのかたちに
戻りつつある夕暮れ
しかしそれはまだ完全ではないから
歩く人々の背中には
薄い羽が生えていたり
胴から伸びる脚が三本だったりする
それはわたしも同様である
二本の脚がつながってしまったので
なめくじのように這いずりまわるしかない

風がしゃりしゃり音を立てて吹いてゆくので
じき冬がくるとわかる

4Bの鉛筆ででたらめに引いたような地平線へ
毛羽立ったような太陽がぽとっと沈み
世界が一瞬消滅する


路上にぽつんと立つ友達を見つけた
その友達は東京に住んでいて
こんなところに居る筈はないのだが
首をかしげながらとんとんと肩を叩いてみると
友達は ぱん と破裂してしまった
後ずさって腰を抜かす
気が付いてみると周囲には
もう会えない友達や
昔の恋人なんかがにこにこ笑いながら
輪になって立っているのだ
そして少しずつその輪をせばめて
わたしのほうに近づいてくる
いつしかその人々の顔は
いたずら描きのように歪んでいる

いやだと首を振ると消えていった
路上に残ったのはわたしとわたしの影ばかり

呆然とするわたしの舌の上で
空気がキャラメルの味をたてて
ゆっくり甘く溶けてゆく


どこの女の子の持ち物だろうか
お人形がとことこ道を歩いてゆく
レエスの小さい服がひるがえって
その後ろに
持ち主だろうか
女の子がお人形のように硬直して
あおむけに倒れている
晴れた空が映る瞳は
まるっきり真っ青で
宝石のように光っている

なにも止めるもののない乾いた道の上を
お人形がひとりでとことこ歩いてゆく
その後ろから同じように
持ち主を捨てたお人形たちが
美しいパレードのように並んで歩いてゆく

落ち葉が舞っている

わが身わがこころは不定なり

2008年10月26日 04:43


冬になりかけのこの時季は
空気中に
人をさみしくさせる成分でも
含まれているのだろうか
呼吸をするたびに
妙に胸がどかどか鳴るのだ

気付かないふりをしていると
視界の隅に青い花が入った
花なんて買った覚えはないのだけど
茎を掴んで根を辿ってゆくと
その花は
わたしの胸にあいた穴から咲いていた

道理でさっきから寒いと思ったんだ

とりあえず
ちり紙を詰め込んで隙間をふさいだが
相変わらず体の中心を吹き通る風
吹き通ってゆくのは
風だけではないのかも知れないが

嘲笑するみたいな感じで
へらへらへらへら花が散る
ちり紙に
体液のようなものが染みてきている


真夜中にわたしは
一個の大きな袋になる
橙の豆電球の下で
すっかり口をひらくのだ
体の中は空っぽである
いつも
いくら食べても
いくら遊んでも
何一つ詰まらない
這うように動いて
そこいらにある枕や箱のままの非常食なんかを
手当たり次第に詰め込んでみるが
それらは瞬く間に姿を消して
裏返しになった体の底に残るのは
薄い薄いレシートのみ
たったそれだけ

それでわたしは
とめどなく何かを悲しみながら
くたっと潰れてねむるのだ


眼前を爪で引っ掻くと
引っ掻いた通りの破れ目ができて
思いがけない闇が覗く
そこは いつ見ても真っ暗で
この世界の隣の世界は
どうやら闇に満ちているらしい
そのままにしておくのもどうかと思ったので
木綿糸で繕ったのだが
どうもその縫い目が気になって
黒い糸で縫ったからだろうか
何事にも集中できないようになってしまった

油断すると裁ちばさみを持って
縫い目を開こうとしている自分がいる

わたしはどこへ行こうとしているのだろう
はさみを握ってすこし震える

空気がぴちゃぴちゃ音を立てて
ゆっくり波紋が広がってゆく

黒電話

2008年10月24日 00:47



どこかで
黒電話が鳴っているのが聞こえる
早く出なければいけないのに
音のする方へ歩き出すと切れてしまう

今日も夜道を歩いていると
りりん とベルが鳴り始めた
立ち止まって耳を澄ますと
どうもそのベルは

わたしの体の奥底で
鳴り響いているようであったのだが

今までずっとそうだったのだろうか
さらによく耳をすますと
誰かが受話器を取る音が聞こえた
もしもし というひそやかな声は
わたしとそっくり同じであって
わたしの体の奥底には
この世界と同じようなものがあって
そこでは小さいわたしが
普通に暮らしていたりするのかもしれない
そしてこの世界の外側には
大きいわたしが今のわたしと同じように
不安げに耳を澄ましているのかもしれない

空の遠くからどッくどッく
鼓動のようなものが聞こえるが

それが心臓の音なのか
或いは世界が
歪み始めている類の音なのか
考えてもさっぱりわからないんだ

わかってしまうと崩壊しそうだから
わざと考えないようにしているのかも知れない

ゆめ

2008年10月24日 00:41


換気扇のフィルターに
昨夜みた夢の残骸が引っ掛かって
困惑するかのように
はためいているのを見た
だけどそれをいつまで見ていても
昨夜どんな夢を見たのかは
どうしても思い出せなかった

2008年10月21日 08:20



ふるさとの路上には
秋になりかけた
半透明の風が吹いていた
土のにおいはなまぐさく
それは
遠い昔に何度も嗅いだ
母の体のにおいに似ていた
そのためだろうか
花も動物も樹も虫も
土から生まれたものはすべて
わたしにとって
母のように思える

だからわたしは
静かな夜に
部屋を飛び回る一匹の蚊さえ
殺すことが出来ないのだ

2008年10月18日 00:33



わたしの靴は汚くて
もう靴ではなくて
足に絡みつくぼろきれ
のようになってしまっている
人はそれを見て笑うけれども
わたしは靴を
この一足しか持っていない

わたしはこれを履いたまま
どこまでも歩いてゆこうと思う
たとえ靴が擦り切れて
裸足になっても歩くのだ
どこかにたどり着くためではなく
どこにもたどり着かないために

持ち物は包丁一本だけにしよう
よく研いであって
閃光のようにひかるのがいい
わたしはそれを使って
自分の人生というものを
切り開いてみせよう

もうそれしか方法がない

だって
必ずくると言われていた
「明るい未来」というものは
待てども待てどもやってこないし

誰も助けてくれないのだ

決心して路上へ出ると
重油のようにぬめっこい自分の影に
つまづいて無様に転んでしまった
起き上がろうとする背中に
明けかかる空がのしかかってきて
ひどく重い

街灯が立ち竦みながら
わたしを照らしている

生きることは無様だ

オールオーヴァー(或いは夜)

2008年10月15日 01:07



大きい人の胃袋の底に
一人で体育座りしているみたいな
まっくらくらの暗い夜だ
月が唯一の脱出孔のように
遠くでまるく光っていた
だけどどうすることもできない
逃げるわけにもいかないし
どこからか
無数の草が風に揺れる
ざざざざ
と云う音が聞こえる
それはわたしを誘うかのように
いいにおいをともなって

あ、
なんだか
指先から消えてゆきそうだ
消えてゆけそうだそんな気がする

彼方から吹く冷たい風が
思想も存在も掻き消してゆく


秋の夜

2008年10月14日 02:30

仕事帰りの街灯の下
夜がひたひたと打ち寄せている
その波打ち際に立ってふと
えッと吐き気を催した
げぼッと咳き込んだ口から足元へ落ちたのは
幼いころのお友達だ
あの頃いつも遊んでいた
顔も覚えていないお友達
ああこの子はまた空気と遊びよる
とよく言われたことを思い出す
真っ黒い人の形をしたお友達は
目ばかりきょときょと動かして
指でつつくと いやあん と泣いた


夜の公園にスーツ姿で
ブランコをこぐ中年がいた
何か報告書のようなものを書いている
そっと近づいて覗きこむと
つる二ハ○○ムし
つる二ハ○○ムし
とそればっかり
ボールペンでぐるぐる描いていた
そのうちボールペンのインクが切れて
それでもまだ描いている
ああきっと絶望しているのだ
まるで獣のようである


ビルの屋上から
夜景の中へ
手を握り合ってダイヴした恋人同士が
かすかに発光して
尾を引いて空の彼方へ消えるのを見た


あまり長く夜の中にいると
足が勝手に踊りだして
止まらなくなってしまうので
注意が肝要である
空気が
人間には聞こえない音楽で
満たされているのかも知れない
お墓の前には
半透明の白っぽい人たちがたくさん立って
地面をサンショウウオのような
よくわからない大きい生き物がはいずりまわる
背後から誰かが手を伸ばしてきている
知らないふりをして走り去る
長い影が靴の裏に貼り付いて
どうも重くてかなわない
季節外れの蛍がいっぴき
ひうっと頬をかすめて消える


コップを空中へ差し出して
しばらく待つと
秋の空気がコップに満たされる
それを飲むとしばし透明になれるのだが
あいにくとよく澄んだ夜の空気でなければ
ためることが出来ない
星が青く光る夜
体に当たる空気がさざ波になって
きらきらするような日があれば
君も試してみるといい


ぱくさん

2008年10月14日 02:24

ずうっと昔
いや昨日だったかもしれない
中国人留学生の ぱくさん と云う人と
わたしは知り合いだった
ぱくさんは日本語が上手で
人当たりがよかったので
誰とでも仲が良かった

或る日
ふと二人きりになった時
君の趣味はなに と訊かれて
少しも躊躇せずに
詩を書いている と言った
するとぱくさんは鼻で笑った
そんなお金にならないこと と笑った

わたしはぱくさんが好きだった
恋愛というほどではないが
互いの国の差異を理解し
中国語の文法をマスターしてもいい
と思うくらいには好きだった

黙っているとぱくさんは
日本は物価が高い
ぼくがマクドナルドで
アルバイトをして貰ったお金を持って
国に帰った時だけ
お父さんもお母さんも六人いる弟妹も
みんな喜ぶ
お金持ちになるから喜ぶ
というような意味のことをぼそぼそ言って
どうして働かないの
どうしてお金にならないことをするの
と本当に不思議そうな顔で
わたしを見つめた

一瞬だけ
ほんとうに一瞬だけ
わたしは ぱくさんを抱き締めたかった

けれど抱き締めることで埋まらない溝は存在する
わかるよ
という薄っぺらい相槌で慰められないことも
この世には無数に存在する
そんなことはどうしようもないほど分かっていた
だから何も言えなかった
時刻は日没の頃だったと思う
二人とも真っ赤な顔をしていたから

ぱくさんはその後しばらくして国に帰ってしまった
革命を起こすんだと言っていたけれど
今現在
中国で革命は起こっていないみたいだ
手紙を書くよと言ったのに
一度も書いていない
ぱくさんからも手紙はこない
それでもこうして
わたしはぱくさんのことを
お金にならない詩に書いている
わたしは全然偉くならないままだけど
ぱくさんは偉くなっただろうか
もう顔もよく思い出せなくなってしまった

日没がくると思いだす
振り返ってみると部屋の隅には
中国語を勉強しようと思って
でもニイハオだけですっかり投げ出してしまった
中国語の教材が転がっている
埃をかぶっているそれを見て
ニイハオと笑ってみた
鏡に映っているわたしの顔は
何もわかっていないような笑顔で

きっともう
二度と会えないから
切ない


火事と半鐘のこと

2008年10月13日 20:25

火の見櫓
という高い櫓の上に
ぽつんとぶら下がる
半鐘
という名の鐘が在った

それは
火事のときに鳴らすもので
普段は
青銅色の粉をふき
黙ってじっと動かずにいた
出来損ないの怪物みたいに
死んだふりをするかのように

小さい小さい村だった
わたしの育ったのは

小さくて
でも
季節はちゃんと移り変わるような
そんな村だった

叱られたときも
褒められたときも
いじめられたときも
半鐘は変わらずそこに在った
無いもののようにそこに在った
村は春を越え盆を過ぎ
秋祭りを終え冬を迎えた
花は枯れ風は冷たく
呼吸すらも惜しい
誰も彼もが倦んでいた

そんな
ある凍てつく冬の日のこと
星が
流れることもできぬほど
かちこちに凍った
夜空の下だった
一軒の家に火がついた
すぐ近所の家だった

じゃんじゃんじゃんじゃん
鐘が鳴る
誰が鳴らしているものか
非常に不吉な音だった

冬になるとここいらは
放火が多くなるのだ
娯楽も何もない貧しい村だから
苛々している人が多いんだ
火はあっというまに
床をなめ回し
天井へと駆け上がったらしい

跳び起きて駆けつける父の後について
わたしも火事を見に行った
誰か死んだ
と叫ぶ人があった
そこは同級生の家であった

火を見る人達の顔は
赤鬼のようだ
真っ赤に顰められて
口をかっとあいている

月が熱にひび割れて

ごぎゃっ

と割れた 確かに見た
この眼にしかと焼き付けたのだから

わたしは
がたがた震えながら
おしっこをもらしてしまったと思う
しかしわたしの体から出る水は
何も消し止めはしなかったのだ

その翌日
登校してこなかった同級生のために
クラスみんなで
百円ずつ出した

クラス三十人で三千円
三千円じゃ家は直せないだろうなあ
でも十円のガムは三百個買える
思った途端に
同級生が
つまらなそうな顔で
山盛りのガムを三百個噛む想像をしてしまった

教室の窓からは
同級生の家が見える
家全体が空と同じ色の
青いビニールシートにくるまれて
はたはたと風に吹かれていた

ひび割れたみたいな
冬の太陽が
たっぷり射し込む教室で
心臓がじゃんじゃん鳴っていた

なんだか妙に不安で
わたしは
静かに
おしっこをもらす
身の内にある恐怖を
解き放ってゆく

クロロホルムひと瓶ください

2008年10月11日 02:52

クロロホルムひと瓶下さい

最近寝てないんです
空が美しすぎて
風がちらちら光るので
眼を閉じても
どきどきしてしまって

気絶したように
眠ってみたいんですよ


ないですか?
ないの?

ああ許可が要るんですか

誰の?
偉い人の?

偉い人ってどの辺にいるんでしょうねえ
わたしの署名じゃ駄目ですか
書道十段なんですけどねえ

駄目ですか?
ああそうですか

じゃあ
タイガーバームあります?
最近誰かが鼻を塞ぐから
生きづらくて仕方ないんです
苦しくてくるしくて

鼻の下に塗るんですよねえ
これおいくらかしら?
あのわたし今
二百円しかないものだから

あら
お笑いになりますのね

持っているのが
二百円でも百万円でも
歩いてゆくのは一緒だもの
道路を歩くのはただですからねえ

それにお金って
ちゃらちゃらうるさいでしょう
誰かに追われてるみたいだから
いやなんですよ


わたし?
わたしのとし?

二十五歳ですよ

あら
そんな年寄りに見えます?

二十五歳ですよ
だって生まれが千九百二十八年だもの


それなら八十ですって

いやだわ
文明開化が
ついこないだあったばかりじゃないですか

フランスでは革命が起こりましたってね
わたしも参加したかったですよ
気持ち良かったでしょうねえ

シホンシュギっていうんですか?
今の社会
なんだか馴染まなくてねえ
ぶち壊してみたいわあ

あら
薬屋さん?
どこ行ったのかしら
いなくなってしまった

あら
そういえばさっきから
誰もいないような気がする

一人で喋ってたのかしら
おかしいわねえ

フランス革命に参加してみたかったわあ

わたしは二十五歳ですよ

ああ
クロロホルム吸ってみたいわ

気持ち良く眠れるんでしょうねえ

すかんぴん(大変貧しく、無一文で身に何もないさま)

2008年10月09日 09:36



消費者金融の無人審査機の前で
背筋をこころもち曲げている女
どういう顔をしていたらいいか
分からないのだろう
真っ二つに分けた前髪の間からは
かきまぜたコーヒーに入れたミルク
みたいな渦巻き状の肌色が見える
それが顔である
首をかしげている
どうしてこんなところにいるのか
自問するようなポーズである
不思議に明るい部屋の中には
多重債務者にならないための
チェックリストが置いてあって
何の音もしない
あの世とこの世の境目のようだ

やがてお金が出てくると
女はぱっと明るい顔になった
玩具を与えられた子供のようである

マルイでは最新流行の服飾雑貨が
今も飛ぶように売れている


四百円あれば
わたしは幸せである
煙草と六十円の駄菓子二つ
もしくは牛丼が一杯食べられるから
なまのままの銀色硬貨を
ポケットに入れて
あとは何も持たずに靴を履く
古い型の洋服を着て
ぴかぴかの顔で
化粧品はもう使い切ってしまった

ポストには請求書が山のようにきている
一枚一枚丁寧に
口に入れて噛み締めてやる
すると しゃっくりがひとつでて
それでおしまい
なんてつまらない世の中だろう

ポケットに手を突っ込む
洗い上げたみたいな鮮やかな空に
他の人のうちの洗濯ものが
万国旗みたいにはためいている


ふらふら入ったデパートで
小鳥のような子どたちと
風船を持った着ぐるみが
赤い羽根募金の募集をしていた
すぐ入れに行こうと思って
エナメルのがまぐちから
十円取り出して にまにましていたら
突き飛ばされて
見ると親子連れだ

手に手に百円玉を持っている

手の中の銅貨と彼らをせわしく見比べる
あっちの方がいいのかな
多い方が喜ばれるのかな
でも がまぐちの中には十円銅貨ひとつきり
あとは正月のくじ引きであてた
小さい金の布袋像しか入っていない
しゅんとしているうちに
赤い羽根募金は帰り支度を始めた

うつむいて
十円銅貨を握りしめるわたしの横を
騒々しく笑う親子連れが通ってゆく
彼らのポケットからは
千円札の束がばさばさと
幾枚も幾枚もはみ出している


祖母のつくってくれたどてらを着て
コンビニへ行ったら
くすくすくす とみんなが笑う
お前らはわたしの祖母が
悪い眼を瞬かせてこれを
幾晩もかかって作ってくれたのを
知らないだろう
知らないくせに笑うな
煙草を一箱買って帰った
暗闇にもう 吐く息が白い
お前らにわかってたまるか
こんな上等の服一枚も持っていないくせに

笑うな

蟹と水仙(両親のこと)

2008年10月06日 02:12

庭の片隅で
しゃんと背筋を伸ばしている
あれは水仙という花である
植えっぱなしでも勝手に殖えていくそうだ
なんだか化け物じみている
風が吹くと
女の含み笑いのような音を立てて
しなしなしなしな一斉に揺れる
この世のものではないみたいだ
気性の激しい女みたいだ

母は水仙が好きであった
自宅の庭に何本も植えて
春になったら咲くのよと
歌うように何度も言った
母が突如として園芸に夢中になったのは
あれはわたしが家を出る頃だったか
あたかも現実を見まいとするように
うつむいて土ばかりいじっていた
白髪染めが間に合わないくらいに
次々生えてくる白髪は
なにか異質なもののように
つむじのあたりでぴんぴんはねていた
切なくて切なくてどうしようもない
胸の空洞をびうびう風が吹き通る
水仙が咲く頃にはもう
わたしは家を飛び出していた


帰郷したのは
父が倒れたという報せを受けたからだ
それは春のころだったから
庭には水仙が
鋼鉄で出来た刃物のように
びしりびしりと突き立っていた
ただいまと言って庭を覗くと
母はおおきな鋏を持って
ざくりざくりと根元から
父のやまいを
やっつけようとするかのように
必死に水仙を伐っていた
敵とたたかう蟹みたいだ
それは既に母ではなかった
恐ろしさといとおしさに胸を突かれて
見ていることしか出来ないわたし
ちっぽけなちっぽけな子供に戻って
ぶるぶるぶるぶる震えている

父は一年わずらって
病状が落ち着いたので退院した
退院してからは何することもなく
家の縁側にへたりと座って
揺れる水仙を見つめていた
おとうさん水仙きれいだねえ
お茶を運んでわたしは言った
父はふっふと含み笑って
おかあさんみたいだなあ
と言った
本当にねえ
無能な子供のようにそう答えて
あとは二人で黙っていた

空を突き刺すように
黄色く咲いている水仙は
事実母に似ていたのだ
土にしがみついている
その
みれん
のような在り方すらも

おせんべいをばりんと齧る
生きているなああ
と変にしんみりする

二階から母親が
くしゃみをする音が聞こえて

すうすう吹き抜けてゆくのは
風ばっかりだった

※福井県越前町主催「蟹と水仙の文学コンクール」没作品

生病老死

2008年10月02日 08:12

祖母が浴室で昏倒した時
裸足で踏み込んでいって
その鍾乳石のような裸を見ながら
抱き起こしたのはわたしである
足裏にぬるい湯の感触があった
根拠はないのだけど
それは祖母の体から
流れ出たもののように思った

ものごころついたときから
祖母は祖母と云う生き物であった
彼女は生まれたときからああいう風に
年老いていたのじゃないか
と思っていたけれども
全然違くて
体には若かったころの名残があった
まだつるつるしている箇所もあった
人間なのだとはっきり感じた
当たり前のことなのに
どうしてだか
背筋を ぎっ と
電流が走ったようだった

体をふいてやって服を着せ
浴室から引き摺るようにして
居間まで運んだ
騒ぎを聞きつけて来た父は
怒っていて
自分の母親が老いていくということに
耐えられない息子なのだろうか
そんなになるんだったらふろなんか入るな
と怒鳴りつけた
こいつマザコンだなと思った
父のことを

みんなが寝付いてから
風呂に入るのがわたしの癖だった
汚れきっていろいろ浮いているお湯を
しげしげ観察して
この浮いている垢やなんかを
全部あつめたら一人の人間になるだろうか
とか馬鹿なことを考えて
遊ぶように湯に浸かるのが常であった

そこへ祖母が
這うようにしてやって来て
ドアを開けて
濡れているわたしの手に
千円札を握らせた
有難うなと言って
寝巻の前がびしょびしょだ
ずっと起きて待っていたのだろうか

なんでこんなことを
繰り返さなくてはならないんだろうか
これではあまりに辛すぎる
人と人とが一緒に暮らしていたら
必ず誰かが死ぬのである

人が一人では生きていけないように
設計して組み立てたのは誰だろうか
人が必ず死ぬような数式を
細胞に刻み込んだのは誰であろうか

もうわたしはいま死んでもいいんだ
うううと唸ってうつむいたら
髪が一本抜け落ちた
まっしろなまっしろな白髪であった
ああわたしも老いているのだ
少なくともこの点に関しては
人間は平等なんだとわかる

汗だか涙だか
流しながら顔をあげると
祖母が湯けむりの向こうで笑っている
歯が一本もないので
口腔内に闇が広がり
宇宙のように美しい



裂け目と魚

2008年10月02日 01:38


わたしの体には
長い裂け目がひとつある
中身はまったくの空洞で
何も入っていないので
なんだかすうすうして心細い

銀色に光る百円硬貨を
入るだけ入れてみることにする
ちゃりんと腹の中から金属音
少し安定した
何も背負わなくてもふらふらしない
それに
こうしておけば海に身を投げても
沈んで二度と浮かばぬだろう

眠れぬ夜には
海底にながながと横たわる
自分の姿を想像する
その地点から見えるのは
ただ青
まっさおな青
つめたい光
あまり繰り返して想像するので
だんだんどちらがほんとうか
分からぬようになってきた

この頃は朝起きると
全身がびっしょり濡れている
貝を握っているときもある
夜のうちにわたしは
確かにあそこへ行ったのだろう
そのうち帰れなくなって
魚に変わるのかも知れない
そういえば最近できた吹き出物も
鱗みたいに光っているし

白く濁った空気を手で掻いてみる
しゃぱっとかすかに水音がした

或る傍観者の記録

2008年10月02日 01:26


早朝
たくさんの赤ん坊が
一定の間隔をおいて
路傍に置かれているのを見た
色とりどりの布でくるまれて
まるで
プラスティックのおもちゃのようだ
町はとても静かである
赤ん坊は一人も泣いていない
小さい猿のように
黒眼がちの瞳で
しいんとちぢこまっている

それを端から拾ってゆく男がいた
ぴかぴかの尖った靴を履いて
顔は黒く塗り込められたよう
広げた腕は鳥のよう

わたしは
あれがどこの誰か
なんとなく知っているような気がする
生まれる前
やはりあの男にあんな風に抱かれて
泣いていたような気がする

どこかで季節外れの風鈴が
ちいちいと鳴った
別の場所へ誘うような音であった


眼鏡を掛けた少年が
数種類の死んだ虫を分解して
羽を付け替えたり
脚を付け替えたり
熱中した眼で指を動かして
まったく新しい昆虫を
作り出そうとしていた

失敗すると
カッターナイフで
ざくざくに切り裂いて捨ててしまう

かわいそうだ
と ふと思った

少年と死んだ昆虫と
どちらに対してかは解らない
或いは
両方に対してなのかも知れない


りんぷんのようなものを撒き散らしながら
少女が一人で歩いてゆく
まだ人形のように小さくて
びい玉のような
何も映らない眼をしている
レースのスカートから覗く
からかうみたいな形のいい脚
噛みしめたら淡い塩の味がするような

あんなに小さくても
もう女なのだなあ
少女の髪からは
市販の安いシャンプーのにおいと
あと何か
世界のきらきら光るものを
混じり合わせたような
やさしい気配が立ち上っている

くるくる回りながら進んでいた彼女は
暗い煉瓦の路地に消えた
あんまりすうっと消えたから
もう帰ってこないみたいな気がした
二度と

かたかた
笑うみたいに
風が吹いてる


わたしは徹底的に
傍観者の姿勢をとっているから
皆より少し色がうすく
霧で出来ているかのように
体全体がぼやけている
存在感というものがないらしい
油断すると浮いてしまう

話しかけても
誰も答えてくれぬので
こうして壁に寄り掛かり
見たもの聞いたことを書いている
雨も降っていないのに
どうしてだろう
帳面も鉛筆も濡れている

胴体を縦に切り裂くように
人々がわたしの中を通り過ぎてゆく
街灯が見開いた瞳のように
煌々として

いつか中国の思想家が言っていたように
これはわたしの夢なのか
それとも
わたしが誰かの夢なのか
さっぱりわからないのだが
わからなくていいと思う
わからない方がいいと思う
自分がなにものかわかってしまったら
その時点で何かが
終わってしまうような気がしている



月刊未詳24 10月号投稿作



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