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かくれんぼ

2007年09月29日 13:01

子供に戻った祖母と
かくれんぼをしている

わたしが鬼の役で
祖母が隠れる役で

薄目をあけて見ていたら
祖母は
くすくす笑いながら
仏壇に置いてあった骨壷に
入り込んでしまって

それきり出てこなかった

何度
もういいかい
と呼ばっても
二度と

あれから何年も経ち
わたしはいつの間にか
鬼ではなくなってしまったが

時々
淋しい雨の夜なんかに
骨壷は微かにりいんと鳴る

中の祖母が鳴らしているのだろうか

もういいよ
と言いながら
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出会った人々についての話

2007年09月28日 16:47



駐車場で暮らす人と知り合いになった
駐車場の
車一台分に四角く区切られたスペースに
うまくお布団を敷いて
机を置いて
入れ替わり立ち替わりする車のヘッドライトを灯りにし
雨が降れば傘を差しながら読書をするような
そんな人だった

招かれたので
お邪魔します
と靴のまま入ったら
土足厳禁です
と怒られた

ずっとここにいるから
いつでも遊びにおいで
と言って笑っていたあの人だったが
先日遊びに行ったらもういなくなっていた
ケーサツが来て
連れて行ってしまったのだそうだ

どこの誰でも同じことだが
気づいたときにはもういない
あの人ももう
戻ってくることはないだろう

わたしは差し入れの三ツ矢サイダーを
二つとも飲んでしまってから
空を仰いだ
最後まで名前を知らないままだったな
と思いながら


虫をたくさん飼っている人に会ったことがある
その人はおなかの虫を始め
体中の到るところに
様々な虫をさ迷わせているような人だったけれども
わたしとは遠い親戚に当たるらしく
法事の席で隣合わせになった
その人はずいぶん長いこと
むじむじと動きながら正座をしていたが
読経が終わると
様子を観察していたわたしを悪戯っぽく見やって
足を少し持ち上げて見せた
すると足の裏から
ざらざらざら
と黒い小さな虫が滝のように流れ落ちてきた
そして呆気に取られているわたしに
この虫が血管の中に入り込んで
足を痺れさせるのだ
と囁いたのだった

その人は頭がおかしいという噂だったけれど
わたしにとってはずいぶんとまともな人に見えた

それ以来一度も会っていなかったけれど
つい先日
その人の死亡を知らせる電話が実家にあった
話によれば
その人の体からは
死んで随分経ってからも
いろいろな形の虫が這い出てきていたらしい

お葬式は虫がすっかり出てからおこなわれる
とのことだった


海の中で生きている人に会った
正確に言えば
その人の周囲だけ
海の中に見えるような状態にある人に会った
と言うべきだろうけれど

その人とすれ違った瞬間
網膜の四隅から白い泡じみたものが浮かび上がり
町は一瞬にして
美しい海底となった
電柱は海草のようにそびえ立って揺らぎ
走る車は無愛想な鮫のようで
その中を悠然と歩くその人は
きれいな貝のように見えた

無理やり殻を砕いて食べてしまったら
やはり怒られるだろうか
その人が行ってしまったあと
途端に元に戻ってしまった町で
立ちすくんだまま
わたしはずいぶん思案していた


父親と犬

2007年09月22日 19:57



日に日に
父親に言葉が通じなくなっていく
母親は
遠い眼をして
おくすりのせいよ
と言う

そればかり言う


父親は
わたしのにおいを嫌う
人間くさいから
側に来るな
と唸る

だからわたしは
一人でご飯を食べる
食卓から三メートル以上離れて
家族の団欒を眺めながら

すこし寂しくなるときもあるが
大丈夫
もう慣れた


父親は
色やにおいの強いものを
あまり食べられなくなった
お豆腐とすうどんと
あと蒸しぱんか何か
そんなようなものを
ほんのすこうしだけ食べて
あとは体を丸めて寝てしまう

父親は以前より格段に小さくなり
捨てられた犬みたいな形になってきた

母親が
丸まった父親の背中に
おくすりを注射する

誰も何も言わないが
みんな

父親には長生きしてほしい
という思いと
そんなになるくらいなら
早く死んでほしい
という思いと
両方を胸のうちに抱いている

居間のテレビはいつもついているが
誰も観てなんかいないのだ

だって
さっきからCMばかりなのに
チャンネルを替えようとする気配すらない

陽気な音楽が
居間に蔓延してゆくばかりで



母親が父親を
部屋につないでしまった

わたしが鎖を外してやろうとすると
おとうさんは外にでると
だめになるびょうきだから
と言って制止する

父親は悲しげな眼で外を見ている
そして
救急車が通ると吠える

こわがっているのか
連れていって欲しいのかわからない

わたしがたまに
木綿豆腐を掌に載せて近づけると
ほんの少しだけ嘗めてくれる

父親は
つながれてから随分と
優しくなったと思う



今日は風が強く
開け放った窓から
薄墨色の悲しみが
ばたばたとひるがえるような日だ

父親は部屋で
おとなしく眠っている
さっき母親が注射をしに行った

母親の手の中にある注射器は
毒物みたいな色をしている

わたしはスニーカーを履いて
玄関から走り出す

一度も振り返らずに駆け続け
立ち止まったその地点で
一生暮らそうと思うのだ

そう思いながら家を出るのだが
結局は帰ってきてしまう

毎日がそうして過ぎてゆく

わたしも気付かないうちに
犬になってしまうのかも知れない

書店員の一日

2007年09月18日 00:33



朝起きたらまず
しゅろの箒で部屋を掃き出す

すると部屋の隅々から
夢の中で捕まえそこねた小人や
夜のうちに死んだ蝶々などが
硬くつめたくなって出てくるので
プラスティックのちりとりで
ていねいに集めて外へ捨てる

プラスティックのちりとりは
野暮ったい薄紅色をしている

だけどわたしが手に入れた
どんな類のものよりも
役に立ってくれる上
わたしに愛想を尽かさずに
そばにいてくれるから好きだ


部屋の掃除を終えたら
洗顔をして歯磨きをする

口をゆすいだ後の水には
小さなものが
たくさんうごめいている
多分昨日
言えなかった言葉の残骸だ
水を流すとだいたいの言葉が
排水溝へ吸い込まれていくが
いつも

だけうまく流れないので
指でつまみあげて外へ投げる

鏡に向かうと
知らない人が立っていることがしばしばだ
わたしはその人に
朝のお辞儀をする
その人も同じくお辞儀をする

仲良くやってゆけそうな気がする


朝はいつもゆで卵を食べるのだが
たまに母親が間違えて
ゆでていない卵を出してくる
そういう卵は殻を剥くと
ひよこが生まれてきてしまう

今日はひよこの卵の日だった

わたしはいつものように
ひよこを掌でいつくしみ
優しく庭へ放してやる

ひよこは命そのもののような顔をして
ひよひよ柔らかく歩いてゆく

その後どうなるのかは知らない

最近飼い猫が太ってきたが
そういう都合の悪いことは
見て見ぬ振りをすることにしている


着替えをするのは至難の業だ
わたしは日によって
膨れたり萎んだりするので
ぴったり合う服を見つけるのが
なかなかに難しい

昨日履いたジーンズが
今日はもう緩すぎる
わたしは押し入れの天袋から
小学生のときの服をひっぱり出し
次々試着を繰り返す

結局ぴったりだったのは
名札付きの体操着だけだった

今の時期には少し暑いが
仕方がない

体操着に合うバッグを
一つも持っていなかったので
ランドセルを背負って家を出た

何もかも
仕方がない

給料日になったら
体操着に合うような大人のバッグを
ジャスコあたりで探して買おう

そう思いながら小学生のわたしは
いつものように
車のエンジンをかける


職場ではいつも暇である
簡単に出来る作業は
アルバイトさんに回してしまうので
自分のやるべきことが
見当たらなくなってしまう

うろうろ店内を歩いて
アダルトコーナーの整理などしていたら
立ち寄った警察官に
きみ小学生でしょ
と捕まりそうになったので
慌てて逃げた

いつもこうだ
何も逃げることはなかったのに

逃げることなんて
この世にいくつもない筈なのに


やがて時計の針が動き
営業時間が過ぎたことを知らせてくれる
わたしは
店内にまだ残っている
見えない人達や
アダルトコーナーで突然に
性に目覚めてしまった少年少女の抜け殻や
誰かが思い出したまま
そこに置き忘れた初恋の人の残像
なんかを
一つのこらず追い出してしまって
電気を消してシャッターを下ろす

うっかりするとシャッターに
自分の影を挟んでしまい
足元から剥がしとってしまうことがある

そういうときにはセロハンテープで
元通り貼り付けなおすのだが
いつも微妙にずれてしまう

だからわたしの影は
他の人より少し曲がっていて
足を踏み出すとぱりぱり云う


真っ暗な夜を切り裂いて帰宅するときは
いつもスピードを出し過ぎてしまう
別に早く帰りたいわけではなくて
何か大きいものに追い掛けられている気がして
どうしようもなく怖いのだ
追い掛けてくるものは
おそらく明日なんだろうと思う


遠くの空が雷鳴で
ぴかぴか明滅しているのが見えた
このところ毎日こんな天気だ
もしかしたら明後日あたり
地球は壊れてしまうのかも知れない

だけどきっと明後日も
わたしは仕事をしているし
いつものように暇だろう

もしも地面がかち割れたら
備品のガムテープで塞げばいい

倉庫には腐るほどガムテープがあるので
多少使いすぎても平気だろう

やるべきことが見つかってよかった

わたしはせいせいした顔で
南の空の雷鳴を見つめた

何かこわい生き物みたいに
赤信号がこっちを見ている

どこかへ向かう道

2007年09月17日 17:56


どこかへ向かう道の途中で
びいだまのような眼を拾いました
わたしはそれをポッケットに入れて
その日は来た道を戻りました


どこかへ向かう道の曲がり角で
ぐみのようなお口を拾いました

わたしはそれを掌に包んで
その日は道端で眠りました


どこかへ向かう道の分岐点で
ごむのようなお鼻を拾いました

わたしはそれを
撫ぜながら
右の道を選びました


どこかへ向かう道の真ん中で
蝋のような耳を拾いました

わたしはそれを抱きしめて
先へ先へと急ぎました


そうして歩いているうちに
拾ったものたちは動きだし
ぴしりぴしりと組み上がると

いつの間にか
新しいお友達が出来ていました


どこかへ向かう道の途中で
わたしたちは二人です

お友達はよく
お口やお鼻を落とすので
わたしが拾って付けてやります

お友達が笑うとうれしいです

お友達が泣くとかなしいです

前方はいつも真っ暗で
どこへ着くのか解りません

繋いだお手々は冷たくて
時々すこしだけ怖いです

収穫の秋

2007年09月14日 00:31


コンバインが
おもちゃのように点々と
そこここに配置され

軽トラックが
ちゃかちゃかと走る

収穫の秋がきた

辺りには喜びが
薄い金色に色づいて漂っている



コンバインが刈るのは
ぴんと並んだ子供である
うまく刈らないと
子供はコンバインのなかで
ばらばらになってしまうので
農夫たちは慎重に
優しく優しく子供を刈り取る

くすぐったそうに歓声をあげる子供たちは
刈られるとすぐに軽トラックに移される

そうして洗われ
よく乾かされ
いいにおいになったところで
裸んぼうのまま
どこかへ連れていかれてしまう

わたしもあんな風にして
ここへ連れてこられたんだろうか

道端では
とりこぼされた子供たちが駆け回り
その後ろでは子供の残骸が
用水路に流されてゆくのが見える

用水路に捨てられた子供の残骸は
すうっと溶けて消えてしまう

秋の空気は
何故か焚火のにおいがする



やがて夜になると
すっかりきれいに刈られた田んぼに
静寂が訪れる

コンバインも軽トラックも
おうちの車庫にしまわれた

また春になったら
田んぼには水が張られ
子供の苗が植えられるのだ

用水路は真っ黒い水をたたえて
月光の下を流れてゆく

その水面からは時々ぱしゃっと
子供の腕が突き出されるそうだ

誰かのことばかり考えている

2007年09月14日 00:00



口に酸素を含んでから
目を閉じて
美しい光景を思い浮かべる

すると酸素は舌の上で
ばらの味の二酸化炭素へ変わる

誰かがわたしに口づけしたときに
いい気持ちにれなるよう

常日頃からわたしは
美しい光景ばかり
思い描いて生きている



かかとの高い靴は
なるべく履かないことにしている

目の前で誰かが転んだら
すぐに駆け寄ってやれるように

又は
誰かがいじめられていたら
即座に鮮やかなかかと落としを
いじめっ子の脳天に
きめられるように

かかとの低い靴は
あまり恰好のよいものではないが

目の前の人も守れないで
何が女だろう

そういう気持ちでわたしは今日も
短い脚をせわしく交差させ
こころもち猫背のまま
歩いてゆく



誰かに褒めてもらいたいが為に
庭に植物を植えた

何という名前だか知らないが
今朝るり色の美しい花が咲いた

だけど
待てども待てども
誰も通り掛からない

誰でもいいから
きれいだね

ひとこと
言ってくれさえしたらいいのに

それだけでわたしは
この上なく満足するのに

三日経っても誰ひとり
庭の前を通り掛からなかった

仕方が無いので花を手折って
雑踏の中に立ち尽くしてみたものの
人は辺りを行き過ぎるばかりで
誰もなんにも言ってくれない

夕暮れて
花は枯れてしまい
茶色い死骸のようになってしまった
そのままわたしはしおしおと
電車に乗って帰宅した

からっぽの庭が待つ家へ



誰かが困ったときの為に
わたしはバッグにいろんなものを詰める

手巾
ちり紙
チョコレート
がむ
方位磁針
東京都の地図
地下鉄路線図
時刻表
単三電池
鉛筆削り
修正液
三色ボールペン
裁縫セット
虫刺され軟膏
ばんそうこ

バッグは
まるで旅にでも出るかのように
膨れ上がり
踏ん張らないと持ち上がらない

わたしはよろよろと外へ出て
サンタクロースみたいな恰好で
歩いて五分のコンビニへ向かった

入った瞬間
財布を忘れたことに気付いた



静かな夜には
誰かを傷つけていやしないか
不安になってしまう

自分ではそのつもりがなくとも
誰かを傷つけてしまうことって
結構あるから

わたしは布団の中で
まんじりともせずに
誰かのことを考える

そうしてたいてい
そのまま朝を迎える
だから
翌日は常に寝不足だ

秋の夜長は特に辛い

そのことを考えると
今からため息がでる



ある日不意に気付いたのだが
わたしはいつも一人だった

歩くのも
たべるのも
ねむるのも
うたうのも

昔から一人だったし
多分これからも一人なんだろう

ならば
誰かなんていないのだ

誰かのことを考えるのなんて
まるきり無駄なことかもしれない

そう思って
靴を脱ぎ捨て
ばら味の二酸化炭素を吐き出し
庭に植えた植物を抜き
バッグを置き去りにして
出掛けてみた

自由だった
身が軽かった

だけれど
ひどく寂しかった
死にそうなくらい寂しかった

だからわたしはやっぱり
誰かのことを考えながら
生きてゆくことにした

わたしが欲しいのは
たすけるべき誰か
ではなく
誰かをたすけられる強さを持った自分
だからだ

そうしてわたしはうろうろと
今日も誰かを探して歩く

庭には新しくばらを植えた
今が盛りとばかりに咲いたばらは
風に揺られて
すこやかにわらっている

夕立のあと

2007年09月13日 15:15


夕立のあとに庭へ下りると
見たこともない植物が繁茂している

わたしはそれらを掻き分けて
柔らかい土の上で洗濯物を干す

風が吹いて
ラフレシアの香りが
鼻先をかすめ
空にひるがえるレース

サンダル履きの脚は
瞬く間に知らない虫に刺されまくり
もうぼろぼろだった

やがて夏が終わり
見慣れた風景は
いつものように窓に貼りついている

わたしは座って
空を見つめながら
いつかのような夕立を待ってる

消えない虫刺されの痕は
蛍光灯の下で
まだ鮮やかなピンク色だ

名残

2007年09月09日 09:34



秋になると
せみやとんぼが透明になって
空気をとろとろに掻き回す

秋の昼間に深呼吸すると
どことなく淋しくなるのはきっと
知らず知らず吸い込む酸素に
そういう類の小さないのちが
たくさん含まれているからだろう

昨日吸い込んだ透明の蜩が
さっきから肺で鳴いている

だからわたしの体内はまだ
夏の夕暮れのままで暮れない



歓声の中
高く打ち上げられた球
それを捕球しようと駆けてゆく
若い選手のユニフォームは
奇妙なほど眼に白かった
見たことのない鳥のように
或いは
絶滅した生き物のように

彼はまるで踊るように
軽やかに上向いて飛び上がり

それきり着地してこなかった

静まり返ったマウンドには
硬球と少しばかりの芝生の切れ端
それから彼の汗と思しき水滴が
ぽたりと落ちてきただけで

野球選手がどことなく哀しく見えるのは
そういうことがあるからかもしれない

ぱらぱらとマウンドに散った彼らは
よく冷えたビールの泡のようで

美しいけれども
どのみち最後は消えてしまう
そんなもののように見えるのだ



ふと気配を感じて振り返ると
一分前のわたしが
部屋の隅で膝を抱えていた

蹴り倒すと
不器用な子供みたいに
横倒しに倒れて消えていった

こうしてたびたび始末しないと
部屋中が
わたしだらけになってしまうので困る

それで有能ならばいいが
わたしはどちらかと言えば
愚鈍で要領を得ない性質なので
いくらたくさんいたとしても
一人も使えないのである

また振り返ると
今度は反対側に
三十秒前のわたしが
背を向けて座っていた

自分の後頭部というものは
なんだかずいぶん
貧弱に見えるなあ
と思いながら
わたしはわたしを始末してゆく

多分生きてる限り
ずっと

赤いうわばきとたいくかん

2007年09月07日 16:19


老朽化の進んだ体育館は
二階に観客席が付いていて
死んだ蛾や蝉がたくさん落ちていた
わたしは
つま先の赤いうわばきで
それらの死骸を踏み砕き
空へ近づこうとするかのように
一人でそこへのぼることを好んだ

埃だらけの青い椅子を倒すと
座面にはファックとかラブとか相合傘とか
そういう文字が
釘で引っかいたような感じで
うすく刻まれている
わたしはかすかに頬を上気させ
そういう落書きをひとつずつ読んでいく

世界がおわってもあいしてる
ちょーらぶらぶ
二組のあいつぶっころす

その中にひとつだけ
捨てないで下さい
という落書きがあることを
わたしは知っている
わたしが刻んだわけではないが
何十年も前に卒業した
わたしのような子供が刻んだのだろう

捨てないで下さい

その文字は際立って達筆で
なんだか切羽詰って見える

わたしはうつむいて椅子に座る
昨日
橙色に染めた髪に
蜘蛛の巣が貼りついているのを
払おうともせず
日が落ちてしまうまで
ずっと座っている

放課後の体育館
わたしはどうしてもきちんと
たいいくかん
と言えずに
たいくかん
と言っていたけど

陸上部のスパイクが
校庭の土を蹴り上げる
ぽくぽく
という音が聞こえていた

時々
おもちゃのように小さいバスケットボールが
仕舞われることなく転がっていた

誰にも所有されていないのだから
捨てられることなんてあるはずないのに
捨てられる不安に怯えていた
あの頃からずっと


少し大人になったわたしは
パソコンに
落書きよりも下手な文章を打ちつける
その行為に何の意味があるのか知らずに

どうしようもなく不安になったときには
捨てないで下さい
と呟くことにしているが
わたしの声は空気をわずかに震わせるだけで
届くか届かないかわからない
誰に言っているのかもわからない

人差し指がこまかく震える

わたしはその人差し指で
そっとエンターキーを押す


稲穂/悩み/ゆり

2007年09月05日 12:55



秋の茫々とした田んぼに立ち尽くす農夫は
いつも途方に暮れているように見える

体を斜めにして
黒々と口をあいて

むぎわらぼうしの隙間からは
夏の名残の入道雲が
少しばかりこぼれ出して

その姿はまるで
放課後
男子の机に置き去りにされた
使い古しの消しごむのようだ

不意に
乾いた透明の風が
ざざあ
と激しく稲穂を揺らした
と思ったら
もうそこには誰もいなかった

きんいろの海は
農夫を飲み込んでなお
ますますきらめいて

ああ今年もここいらのお米は
きっと豊作であろうと思った



寝ても覚めても
鋭利なまま
ずっと内側を傷つけ続ける
破片のようなかたまりを
人は悩みと呼ぶのだろう

わたしは
鋏が見当たらないときなどに
胸の内から悩みを取り出し
レターオープナーとして活用しているが

すきっ
と切れて
なかなかいい案配である

泣いてばかりは
いられないのである



ゆり
という子が親類に一人いる
その子は度々花粉を飛ばす

なぜそんなことをするのか聞くと
だってあたしゆりだもん
と答えた

ゆりを抱いたあとの服は
黄色い花粉だらけになってしまうから
ジャージを着てから抱くことにしている

ゆりは小豆色のジャージの中で
今日も美しく花粉を飛ばす

彼女はきっとこれからも
当たり前の生殖活動は出来ないだろう

空を指差すゆりの腕は
青白くて細長い

こわいはなし

2007年09月01日 17:23



家を出ると
道端に
無数の舌が落ちていた

赤信号が
誰ひとり停められなくて
途方に暮れているような真夜中だった

舌たちは
うすべにいろの花のように
可愛らしく揺れながら
あたりの夜を
すっかり舐めとってしまう
すると朝がくるのである

そうやって夜が明けることを
二十三年間生きてきて
初めて知った

舌たちは明け方の光を浴びると
しゅるしゅるしゅると消えてしまう

ジョギングをしているおじさんが
呆然としているわたしにおはようと言う



恋というものは大変おそろしいと思う
どこへ行ってもそこにある全てが
好きな人に見えてしまう

一度など
ゴミ捨て場に捨ててあるビニル袋が
力なく横たわる無数の好きな人に見えた

あるいは
コンビニの陳列棚に
小さい好きな人がぎっしり詰まって
にこにこ笑っていたこともある

このごろのわたしときたら
外出もせず
部屋で背を丸めて正座をしている
それでも
自分自身が
だんだん好きな人になってゆくのを
どうしても止めることができないでいるのだ

なんという体たらくだろう

好きな人が遠ければ遠いほど
わたしがどんどんいなくなってゆく



心臓がない人と出会った
その人は青白い顔で
体もこころも冷たいままで
それでもずいぶん元気そうだった

そうして
自分がどうやって生きているのか
全然わからないんだよ
と笑っていた

その人は指先を切っても
血が出ないらしい
ただし無闇にのどが渇く
と言いながら
途方もない量の水を飲んでいた

ようく見てみると解るのだが
その人の体は少し透けている





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