スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

右心室と左心室

2007年08月30日 21:04


薄くやわらかな膜を隔てて
遠くの方から
咳をする声が聞こえる

あああれは
老いた人が
死んでゆく音だ

わたしは学習机の前で
シャーペンを握ったまま凝固する

いったい
どれほどの悲しみを超えれば
夜は明けてくれるのだろうか

闇は濃厚にわたしを閉じ込めて
どくんどくんと言うばかりで
ちっとも動いてくれやしない
スポンサーサイト

彼女

2007年08月23日 23:23



彼女は眼から鱗を落とす
こんたくとれんずよ
と言うけれど

それにしちゃあんまり落としすぎだ

何せ彼女の歩いたあとには
透明な鱗が無数に落ちて
月光にしゃりしゃり光るくらいだ

ぼくを振り返って微笑むとき
彼女は一瞬うみへびになる



彼女はドアーを隙間なく
ぴったり閉めるのが習慣だ

ドアーに限らず
あらゆるものを
見事な手際で密閉する

だってちゃんとしめないと
すきまから
小人がはいってくるじゃない

そう言いながら
彼女は閉める
あらゆるものを
まるで憎んでいるみたいに



彼女は
読書を邪魔されることを嫌う

あたしいま
文字とせっくすしてんだから
じゃましないでよ
なんて言う

そう言うときの彼女の眼は
確かに充血していて
呼吸も荒く

ぼくはそれ以上
何も出来ない



彼女は約束をしたがる
どんなささいなことに対しても
執拗に指切りを強要する

一度理由を尋ねたら
おまじないなの
と言った

たとえはぐれてしまっても
やくそくをおもいだして
またもどってこられるように
かならずもどってこられるように

彼女の指は細くてつめたい

まるで心臓が無いみたいだ

人が死ぬということを
まだ知らないのかもしれない



彼女は空を見上げる
自分がどこから来たのか
わからないみたいな顔をして
空を見上げてじっとしている

そして必ず
あたしどこからきたのかな
と呟く

ぼくはいつでも
知らない
と答える
君のことなんか知らない
と答える

そうすると彼女は笑う

そういうときにしか
彼女は笑わない



彼女は浴室で消えてしまった

昔から長風呂だったのだが
夜が明けても戻らなかったので
浴室のドアーを開けてみたら
浴槽にぬるま湯が
たぷたぷ揺れているばっかりで

彼女はどこにもいなくなってた

彼女がどこへ去ったのか
ぼくはいまでもよくわからない

彼女の残したエナメルの靴は
いまでもぼくんちの玄関で
おりこうに帰りを待っているというのに

逃げ水の向こう側

2007年08月20日 00:58


歩いていたらいつの間にか
こんなに手が汚れてしまった
と言いのこし
君は逃げ水を追いかけていってしまった

わたしを横断歩道に置き去りにして
あの遠いきれいな水で
手を洗うために

あっという間に彼方へ過ぎ去った君は
まるで夏の空に出来た
小さな黒い染みだ
一度だけ振り返って手を振ると
逃げ水を飛び越えて
消えてしまった

信号は青になり
途端に横断歩道は
砂嵐のよう

渦の中で
くるくる回ると
急に
赤で立ち止まっていたのが
馬鹿みたいに思えた

わたしも君と一緒に
逃げ水の向こう側へ
飛べばよかった

気短な人が鳴らすクラクション
それに混ざって蝉の絶唱

いつの間にか右手には
洗っても落ちそうにない夏が
べっとりと静かに
貼りついている

炎天下36

2007年08月14日 01:06


気温はどんどん上昇し
ついには
人の溶け出す温度にまで到達した

子供は大人より溶けるのが早いので
すれ違う子供連れの母親はみんな
子供が溶けたあとに残った
湿った服を引きずって歩いてる

路上にたくさんの靴が落ちてる

かくいうわたしも先程から
どう頑張って直しても
眼玉が落ちてしまうのだ

諦めてそれはそのままで
君を待ってる有様だ

おおよそ五分後に
君は来た

おくれてごめん
と言いながら
脚が溶けてくっついた為
一本脚で走ってきた

今日は本当に
本当に暑い

太陽があんなに
銀色に見える

こいばな

2007年08月12日 13:04


明日も生きていてね
と君は言う

たとえ明後日生き返るにしても
明日君が死んでしまったら
やはりそれは悲しいから

明日も生きていてね
と君は言う
なにかをかなしがるような眼で
どうしていいか解らないような笑みで

わたしは頬杖をついたまま
紙のようにうっすら頷く

開いた窓からカレーの匂いが
ふわりふわりと漂ってくる

えいえんの夏

2007年08月10日 15:31


八月が終わらなければいいと
願っていた

そのときわたしは
小学五年生で
朝顔を上手に育てることが出来なかった
そして
支柱にぴよぴよと巻き付いた
枯れた朝顔に
まだ毎朝ぼんやりと水をやってしまうような
そんな子供だった

一度だけ
八月の終わりに目を覚まして
日めくりを見たら
八月三十二日だったことがある

家の中には誰もいなくて
晴天なのにいやに薄暗かった
窓を開けたら
ぱたぱたと
蝉が死んで木から落ちてゆくのが見えて
見覚えのある夏は
そこにはなかった

食卓に置いてあった茹でとうもろこしは
腐っていて嫌なあじがしたし
どの漫画もおもしろくなく
遠くからサイレンの音がした

ぴかぴか光っていたのは
ランドセルだけだった

わたしは貧しい子供のように
膝を抱えて
夕立を見ているうちに

いつの間にか
ねむったみたいだ

翌日にちゃんと九月がきた
だが翌日は九月二日だった

昨日より大分くすんだランドセルをしょって
登校したら
九月をきちんと始めたともだちたちが
昨日なんでこなかったの
と机に座って笑ってた

以来
八月三十二日を過ごしたことはない

夏が終わらなければいいと思うたび
八月に閉じ込められて
膝を抱える自分の姿が見える
枯れてなお支柱に取り縋る朝顔のように
力無くくったりと横たわる自分の姿が

それは
大変ぞっとする光景である

夏は夏のままで
終わるのがいい

それがいっとう美しいと思う

カラオケルーム

2007年08月08日 20:02


夜のカラオケルームにて
知らないうたをうたう君は
だんだんおおきな楽器のように
曲がりくねってつやつやしだす

そうして高音を発しながら
どんどん透明になってゆく

わたしは孤独な奏者のように
冷たい君を膝に抱えて
ただひっそりと息をしていた

震える君の空洞は
宇宙みたいに真っ暗で
覗き込んだら落っこちそうだ

どこか遠くで電話が鳴ってる

わたしは君を分解し
拭いて磨いて慈しんで
バッグの中に納めてしまった

曲はとっくに終わっていて
夜はますます深くなってた

夏の君とわたし

2007年08月05日 17:50



スカイブルーのシャツを着た君の
胸の辺りから
夏がこぼれ出しているから

すこし肌寒い夜なんかは
君の胸に頭を載せて眠ろう

するとたちまち闇の中に
いくつもの向日葵が花ひらき
ぼとぼと落ちてくるだろう



先日来
悪心が続いているし
なんだかおなかも膨らんできたので
妊娠したのかと思い
そう君に打ち明けると
君はアイスキャンディみたいに真っ青になり
ぷりぷり震えながら
手のひらに載るくらいに
小さく小さくまとまってしまった

ため息をついたら
吐き気がこみあげてきたので
思い切ってトイレットルームに駆け込んで
大きく咳を三回したら
ざらざらざら

体内に残留していた
大量の文字がこぼれ出してきて

それでおしまいだった

呆然としたまま
なんだか悲しくなってしまう
便器の水は
真っ黒に染まってしまって

トイレットルームを出て
小さく小さく相変わらず
ぷりぷり震えている君に
勘違いだったみたいだ
と告げると
君は少し微笑んで
元の大きさくらいに
ぷくっと膨らんだ

それでも
膨らみ具合が足りなかったらしく
君は以前より少し小さい

以前より少し小さい君も素敵だよ
と慰めて口づけたら

吐き切れなかった文字たちが
首のあたりでしゃららと鳴った



君がわたしではない人に恋をして
家を出て行ってしまったものだから
わたしはたちまち荒廃して
チキンラーメンを袋のままむさぼり喰ったり
駅前で弾き語りを披露したり
近所のごみを拾いまくったり
色々やっていたのだが

一週間後に君はあっさり帰ってきた

駄目だった
とぐったり呟いたきり
動かなくなった君が
大分日焼けしていたので
誰に恋していたのか聞くと
太陽にだ
と答えた

夏だからあつすぎて
近寄ることも出来なかった
冬になってもう少し
太陽がつめたくなってから
また挑戦しようと思う


だからわたしは冬に備えて
チキンラーメンを百袋と
新しいギターを買いに行くことにした

君と手をつないで

あいしてるのかどうかすら
わからないままで

強風の晩に

2007年08月04日 16:41



透明な猫たちが部屋の中を
くるくるくるくる駆け回り
次々と
ドアに体を打ち付けている

わたしは
透明な猫たちすべてが
ねぐらへ帰ってゆけるよう
ドアも窓もすべて
開け放ってやったのだけど

透明な猫たちは出てゆく気配も見せず
明け方までずっと同じところで
くるくるくるくる
踊り狂って騒いでいた

わたしの部屋が気に入ったのかもしれない

つけっぱなしのラジオから
強風警報が聞こえてくる




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。