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喪服屋マリー

2007年02月25日 15:28



濁った沼のある寂れた町に
マリーという女が住んでいた
マリーの本名は誰も知らない
彼女は
夏の真夜中のような眼をした
中々の美人であったが
友達はいなかった
若者はみな都会へ行ってしまったし
この町に立ち寄る人はいなかった
たまに長距離トラックの運転手が
沼のほとりで
栄養ドリンクを飲み干す程度だった

マリーは
レゴ・ブロックで作られたような形の四角い家に
たった一人で生活しながら
ひっそりと仕立て屋を営んでいた
母も祖母も曾祖母も
マリーの家は代々仕立て屋を営んでいた
得意分野はそれぞれ違った
母はイブニング・ドレスが得意だった
祖母はビジネス・スーツが得意だった
曾祖母は普段着るような木綿のワンピースを好んで作った
そして
そうして
マリーの最も得意なものは喪服だった

町の人々は皆彼女を
「喪服屋マリー」と呼んでいた

マリーの仕事は夜になると始まる
その時間に最も多く人が死ぬからだ
マリーは電気を好まなかった
来客は蝋燭を持って応対した
悲しそうな顔をした者
嬉しそうな顔をした者
表情はそれぞれ違ったが
マリーにとってはどうでもよかった
マリーは淡々と客の体のサイズを測り
翌朝には新品の喪服を仕立あげた

マリーの喪服はまるで黒い皮膚のように
ぴったりと体に馴染み
おそろしく軽くて動きやすかった
注文が絶えることは無かった
人は思ったよりも無感動に
毎日毎日死んでゆくのである

ある日マリーは
自分が身ごもっていることに気がついた
誰の子供だか覚えが無かった
おそらく女の子だろうとマリーは思った
理屈では説明できないこと
というものは得てしてこの世に存在する
マリーの家はいつもこうだった
父親のいない女の子が
跡を継いで仕立て屋になる
マリーもそうだったし
母もそうだった
祖母も曾祖母もみんなそうだった
マリーは生地を裁断しながら
薄く笑った
その夜は珍しく注文が無かった
マリーは生地の余り布を寄せ集めて
小さい小さい喪服を仕立てた

それはひどい難産だった
と町の人はのちに言う
マリーは丸三日苦しみ続け
女の子を産み落としたと同時に
息を引き取った
ため息をつくような安らかな最期だった
でもそれが本当かどうかは知らない
何しろマリーは一人だったから
お義理のように産婆が傍についてはいたものの
産婆は居眠りをしていて
目覚めたときには既にマリーは死んでいた
ちょうどマリーの仕事の始まる時間帯だった

マリーの葬式は簡単に済まされた
マリーが最後に作った喪服は
生まれたばかりの娘に着せられた
葬式に参列した誰よりも
娘には喪服が似合っていたそうだ

生れ落ちた女の子にも
やはり名前が無かった
人々は彼女をメリーと呼んだ


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遺影

2007年02月19日 00:44


それは
何の変哲も無い写真だった
セピア色をしたかさかさの背景は
どこかの家の軒先で
もう死んでしまったそのひとは
多分モスグリーンのセーターを着ている
少し口を開いているが
笑ってはいない

その写真は
硝子の額縁に入れられて
部屋の片隅で
ひんやりしている

わたしは
そのひとの写真を見ると
何時も喉がかわいて
角砂糖を落とした珈琲を
一気に飲み干したい気分になる

それは
そのひとの背後に長く伸びた影が
ティースプーンの形をしているからだ

くるくるとコーヒーフレッシュみたいに
線香の煙が渦を巻く

蜘蛛の巣

2007年02月10日 15:27


朝起きると雨が降っていた
ので
窓を開ける

雨はごく弱い霧雨で
眺めているうちにそれは
だんだん蜘蛛の巣の形になってゆき
わたしは無言で搦め捕られる

空の真ん中には
太陽に似た色の蜘蛛がいて
じわりじわりとわたしを引き寄せ
ついにはその顎でわたしをかみ砕く

角砂糖が砕けるような音を立てて
わたしはしゃりしゃりと
ばらばらになってしまった

そこまで夢想したところで
窓を閉めろとおこられた
ので
びっくりして
左の手首を
床の上に落としてしまった

新宿で遊ぶ

2007年02月09日 23:26


ビルを作るのは
A型の人の仕事だ
あんなにも
きっちりと四角いものは
彼らにしか作れない筈だから

田舎から持ってきた時計は
手首の上で
きりきりと音を立てて壊れてしまった

ここでは時間が
おそろしく早く進んでゆく

横断歩道を渡ってゆく少女が
向こう側で老婆になった

わたしのすぐ眼の前では
サラリーマンが
靴だけ残して砂になった

死んでしまったんだろうか

みんな
死んでゆくんだろうか

わたしは
埃っぽさに顔をしかめて
陽炎のように
現れたり消えたりしながら
直立していた

暖かな日で

風は
駅のにおいがした
幾多もの皮膚がまじりあったにおいだ
人間の皮膚のにおいは
他の何より動物的だと思う

ふと
遠くでクラクションが鳴った

それを合図のようにして
新宿には修正液のような
うすぺらな街灯がともりはじめる

朝よりも確実に年をとった人々が
みんな悲しそうな顔をして去ってゆき
その背中は早送りみたいに
かすかにノイズがかっている

誰かの蹴った缶が
放物線を描き
からこ

サザンテラスを越えてった

直立しているわたしの足を
あんまりみんなが踏むものだから
つま先から段々無くなって
なんだか空をも飛べそうである

そうやって遊んでいるうちに
すっかり終電を逃してしまった

けれども
一度あくびをしたら
とっくに朝になっていた

駐車場

2007年02月09日 16:17


駐車場に
子供がひとり座っている
白い枠線からはみ出さないように
注意深く
四角い形になって

自分のことを車だと
思い込んでいるのかも知れない
閉じたまつげが
風に揺れている

しばらくして
お母さんが戻ってきた
彼女は
当然のように子供にまたがり
お化粧直しなんかしている

お母さんを背に乗せた子供は
何回か荒い息を吐いて
右眼をぱちぱちさせながら
四つん這いで出ていった

きちんと矢印に従って

それはなんだか
とても切ない光景だった

わたしが見た空(改訂)

2007年02月04日 11:44



子供たちが
大きく漕いだぶらんこから
歓声を上げながら飛び出してゆく

とおい昔
まだ空を飛べた頃のことを
懐かしむように

たいていの子供は
ぶざまに落下してしまうが
一人だけ
本当に飛んでいってしまった子供がいた

彼は
牛乳にインキを落としたような
曇り空の彼方へ
吸い込まれるように
消えてしまった


ラムネ売りから
ラムネを買ったのは
夏で
夕立をたっぷり含んだ雲が
パンのように
膨らんでいるときのことだった

ラムネ売りから受け取った瓶には
ラムネが入っていなかった

その代わり
びいだまを押し下げると
勢いよく
虹が噴出してきた

ラムネ売りは無愛想に
当たり
とだけ言った


君に手紙を書こうとした
長い長い
けれども
ありふれたつまらない手紙を

何度も書き掛けては
反故にしているうちに
便箋が尽きてしまったので
眼の前の雲をちぎりとり
さよなら
とだけ書いて封筒に入れた

雲は意外につめたくて
ざらめが入っているかのように
べたべたと指にくっついた


あんぱんを買って噛ったら
餡ではなくて
夜が詰まっていた
残すのもなんだか癪なので
全部食べた

がりがりと歯に当たったのは
月だったのかも知れない
いやに尖っていたから


飛行機が通ったあとの青空には
すうっと切れ目が入っている

そうしてその切れ目からは
星が零れだしてくる

まだ零れたばかりの星は
そのまま地上に沈澱して
街のあかりに姿を変え

遅れて零れた星々は
空に留まって戯れ始める

持ち場を取られて
不機嫌になった信号機が
次々と赤に替わってゆく

遅刻する理由

2007年02月04日 11:11


腕時計の針は
きっかり五分
遅らせることにしている

例えばたった今ここで
世界が終わってしまっても
ほかの人より五分だけ
余計に生きたいからである
死にゆく人の傍らで
見上げる空は
いったい何色をしているであろう

そんなことを考えながら
小さな文字盤を見つめている

わたしが
待ち合わせに
時間通り到着したことが
今もって一度もないのは
このような些細な
欲望のためである

※21世紀騎手
http://53.xmbs.jp/shijinkai21/?x-up-destcharset=17

二月テーマ「生と死と欲望」によせて



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